従容録の自己流解説「61則~70則」
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以下の点を読み解いていく為の軸とします。
1,自己の本質や自己そのものが単一で存在しない
これは、自己の存在認識が二元論的に自分と他人の対比による言語化された虚構の概念であるから。
2,「悟り」や「真理」という言葉に根拠を持たない。
仏陀は悟りについて具体的に経典で言及していない。あくまでも悟ったと言う経験談を語っているに過ぎないので「悟り」が何かを定義しない。
3,人権や道徳、倫理に関わる問題はそのまま読み進める。
ジェンダー、身分、職業、暴力、身体的障害等は現代の感覚とかけ離れているが、あくまでも当時の感覚と捉え気を悪くせず受け止めていただきたい。
4,本則の漫画のみを読み解くと読み手の自由な解釈が無限に出てくるため、
宏智正覚禅師と万松行秀禅師が何を狙ってエピソードを取り上げたかにフォーカスして読み解く。
目次
- ○ 第六十一則「乾峯一画」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第六十二則「米胡悟否」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第六十三則「趙州問死」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第六十四則「子昭承嗣」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第六十五則「首山新婦」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第六十六則「」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第六十七則「」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第六十八則「」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第六十九則「」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第七十則「」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
第六十一則「乾峯一画」
第六十一則 乾峯一画(けんぽういっかく)
衆に示して曰く:
曲説は会(え)し易し、一手に分布す。
直説は会し難し、十字に打開す。
君に勧む分明(ふんみょう)に語ることを用いざれ。
語り得て分明なれば出ずること転(うた)た難し。
信ぜずんば試みに挙す、看よ。
曲説・・・委曲な説明。詳しい説明のこと。特に仏典では比喩表現を用いて示されることが多い。
一手・・・片手。
十字・・・両手両足。
現代語訳
丁寧な説明を聞き、示してもらうと理解しやすいが、片手にしか物を貰えないように教え全部が自分の物にすることは出来ない。
逆に、細かい説明も無く、分かりやすい比喩表現も無い説明を聞きながらも自身のテーマに沿って参究できたら、片手や両手どころではなく、両手両足で教えを受取ることが出来る。。
僧侶達には仏教の詳細な説明を語らないことをお勧めする。
また教えを学ぼうとする者も詳細な説明を求めないことをお勧めしする。
詳細に説けば説くほど、その言葉に捉われ縛られてしまう。
このことが信じられず細かい説明を求める者もいるだろう。では昔の人の話を持ち出してみようか。
本則
挙す。
僧、乾峯(けんぽう)に問う、「十方薄伽梵(ばぎゃぼん)、一路涅槃門、未審(みぶかし)、路頭甚麼(なん)の処に在るや?」【快馬鈍壎(どんげん)に如(し)かず】。
峯、「柱杖を以て一画して云く、這裏(しゃり)に在り」【且く一半を信ず】。
僧、挙して雲門に問う【疑えば則ち別に参ぜよ】。
門、云く、「扇子𨁝跳(ぼっちょう)して三十三天に上り、帝釈の鼻孔に築著(ちくぢゃく)す【乞う漢語せよ】。
東海の鯉魚(りぎょ)打つこと一棒すれば、雨、盆の傾くに似たり、会すや会すや」【恁麼に解説(げせつ)すれども更に理会し難し】。
乾峯・・・乾峯禅師(???~???年)。洞山良价禅師の弟子。
十方薄伽梵・・・十方は八方に上下を加えたもの。いたるところという意味。薄伽梵はサンスクリット語のバガヴァット、世尊と訳される。
一路涅槃門・・・涅槃(煩悩が消滅した状態)へと行くとこが出来る実践。涅槃は輪廻からの脱却とされるが上座部と大乗でニュアンスが変わるようだ。
門・・・雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師(864~949年)。雪峰義存禅師の弟子。
𨁝跳・・・飛び跳ねる。
三十三天・・・須弥山の頂にそれぞれ四峰があり、それぞれの峰に八天があって三十二天となる。そこに須弥山の頂上である帝釈天の居住を加えて三十三天と呼ばれる。
築著・・・ぶつかる。
現代語訳
ある時、僧侶が乾峯禅師に質問した。「お経に『仏陀の悟りはいたるところに在り、その道は一本道である』と書かれています。その悟りや道とはどこにあるのでしょうか?」【勢いよく質問したが、その質問は愚かだな】。
乾峯禅師は持っていた杖で虚空に円を描いて「ここにある」と言った【半分言い得た】。
そのまま僧侶は雲門禅師の元へ行き同じ質問をした【分からなければ他の人に聞けばよい】。
雲門禅師は「扇子が跳ね上がって須弥山の頂上まで行き、帝釈天の鼻の穴に刺さった」と答えた【意味不明だぞ、日本語で話してくれよ】。
さらに続けて「日本海の海で魚を叩いたら天地が暗くなり、バケツをひっくり返したような雨が降って来た。どうだ悟りが分かったか?道が分かったか?」【どのような説明を聞こうとも理解できるわけがない】。
頌
頌に曰く。
手に入って還って死馬を将(も)って医(い)す【霹靂の手を下して狼虎の薬を用いる】。
返魂香(はんこんごう)、君が危うきを起こさんと欲す【棺を掲げて死を救う、別に神方有り】。
一期、通身の汗を拶出(さっしゅつ)せば【薬、瞑眩(めまい)せざれば厥(そ)の疾癒えず】、方(まさ)に信ず、儂(わし)が家、眉を惜しまざることを【頂寧に和して没却す】。
霹靂の手・・・優れた腕前。
狼虎の薬・・・劇薬。
頂寧・・・頭。
現代語訳
この僧侶は一度死んだ馬のようなものだ。しかし、乾峯禅師の手にかかれば蘇生させることができる【乾峯禅師の腕前は素晴らしい。劇薬を活かすも殺すも自由自在だ】。
雲門禅師の手の中には死者蘇生のお香が握られている【棺に入った死人を引き出す術を持っている】。
乾峯禅師と雲門禅師の投薬は全身の汗を流して病原菌を追い出すことが出来る【めまいがするくらいの治療でなければ治らない】。
仏法を言い間違えてしまうリスクを冒してまで僧侶に示したのは慈悲心より出たものであろう。
解説
この話に詳しい解説はいらないでしょう。では次の則に行きましょう。
第六十二則「米胡悟否」
第六十二則 米胡悟否(べいこごひ)
衆に示して曰く:
達磨の第一義諦、梁武頭迷う。
浄名の不二法門、文殊口過まる。
還って入作の分有りや也(また)無しや。
達磨の第一義諦・・・従容録第二則。
浄名の不二法門・・・従容録第四十八則。
入作の分・・・仏道を歩む力量。
現代語訳
梁の武帝が達磨大師に「悟りにとって一番重要なこととはなんだ?」と問いかけ、達磨大師は「雲一つ無く、遮るものが全くない境地です」と答えた。さらに武帝は「何も無いことが悟りと言うのであれば、今目の前に入るお主は何者だ?」と問うと「何者であると認識できる自己は持ち合わせていない」と言われてしまう。武帝はこの意味が理解できなかった。
また、維摩居士が文殊菩薩に「二項対立による見方から抜け出す実践とは?」と問いかけ、文殊は「一つの説法ですらも止めて、あらゆるものごとについて言語化することもなく、解説することもない。また仮に概念を設けることもないこと。」と答えた。黙る事が答えだと言いつつ言葉で答えている以上、言い過ぎてしまっている。
さて、仏道を言い得る力量や示す力量があるものはいるのか?
本則
挙す。
米胡(べいこ)、僧をして仰山に問わしむ。「今時の人還って悟りを仮るや否や?」【還って曽て迷う】。
山、云く、「悟りは即ち無きにはあらず、第二頭に落つることを争奈何(いかん)せん」【如何が免れ得ん】。
僧、廻って米胡に挙似(こじ)す【是第幾ぞ】。
胡、深く之を肯(うけが)う【肯うことは即ち無きにあらず、争でか第二を免れ得ん】。
米胡・・・米胡禅師(???~???年)。潙山霊祐禅師の弟子。仰山禅師とは兄弟弟子になる。
仰山・・・仰山慧寂禅師(840~916年)。潙山霊祐禅師の弟子。第十五則に出てくる。
第二頭に落つ・・・悟りと迷いの二元的な見方に陥る。
現代語訳
米湖禅師が弟子に「兄弟弟子である仰山禅師のところへ悟りについて質問してきなさい」と言い、使いに出した。
米湖禅師の弟子が仰山禅師のお寺に着き謁見し質問した。「今の時代の僧侶は悟りを設定し、悟りを目指す必要があるのでしょうか?」
仰山禅師が答えた。「悟りが無いとは言わない。しかし、『悟ってる状態』と『悟っていない状態』で区分して修行することに陥ってしまってはいけない。」【どのように区分せず悟りを設定するのか?】。
これ以上の問答は悟りを区分せずには行えないと理解した米湖禅師の弟子は何も言わなかった。
米湖禅師の弟子は師匠の元へ帰り事の顛末を報告した【この報告は多くの分別を含んでいる】。すると米湖禅師は「そうだ!そのとおりだ!!」と言った【肯定することは、否定の裏返しである。すでに二元論に陥っている】。
頌
頌に曰く。
第二頭悟を分って迷を破る【普州の人、賊を送る】。
快(すみや)かに須らく手を撒(さつ)して筌睇(せんてい)を捨つべし【放下著】。
功未だ尽きず駢拇(へんぼ)と成る【終に是分外】。
智也(ちや)、知り難し、噬臍(せいぜい)を覚ゆ【禹力不到の処、河声流れて西に向かう】。
兎老いて氷盤秋露泣く【恋著すれば即ち堪えず】。
鳥寒うして玉樹暁風凄(せい)たり【坐著すれば即ち不可なり】。
持し来たって大仰真仮を弁ず【一点も謾じ難し】。
痕玷(こんてん)全く無うして白珪(はっけい)を貴ぶ【切に忌む触破することを】。
普州・・・盗賊が多い地域。
手を撒して・・・手を打ち払う
筌睇(せんてい)・・・魚を捕る筒とウサギを捕る網。
駢拇・・・外反母趾。足の親指と人差し指が重なる。
噬臍・・・後悔。
禹力不到・・・夏王朝の禹王は治水工事を行ったが黄河の源流までは手が届かなかった。
氷盤・・・月。
玉樹・・・雪を帯びた木。
痕玷・・・玉の傷。
白珪・・・美しい玉。
現代語訳
悟りと迷いを分けて考えては、どちらが悟りか迷いか分からなくなる。
すぐに、悟りを得ようとする考えを捨てよ。
何にもならない、何も狙わない修行の功徳が悟りの痕跡すらも消し去る。
痕跡の無い悟りを知る事は出来ない。自分のヘソを自分で咬もうとするようなものだ。
知識を離れ、経験を離れたところに晴れ渡った秋の満月がある。
米湖禅師は卓越した禅師であるから、仰山禅師へ弟子を遣わし仮の悟りを聞きだした。
仰山禅師の迷悟に捉われない完璧な受け答えは、真に素晴らしい。
解説
「無い」という時に、概念として「在る」ものしか「無い」という概念を持ち出せない。
「冷蔵庫に卵ある?」と聞かれ「無い」と答える時、概念として卵は「ある」。この時、「卵」と「卵以外のもの」という二元論で卵を実体視している。
しかし、概念化される「悟り」は無いという時に、無い物を改めて「無い」とは言えない。その「無」を概念化された言語で表すことは出来ないでしょう。
第六十三則「趙州問死」
第六十三則 趙州問死(じょうしゅうもんし)
衆に示して曰く:
三聖と雪峰とは春蘭秋菊なり。
趙州と投子とは卞璧(べんぺき)燕金なり。
無星秤上(むせいひょうじょう)、両頭平らかなり。
没底舡の中、一処に渡る。
二人相見(しょうけん)の時如何。
三聖・・・三聖慧然禅師。臨済義玄禅師の弟子。詳細は不明。13則に出てくる。
雪峰・・・雪峰義存(せっぽうぎそん)禅師(822~908年)。徳山宣鑑禅師の弟子。24則に出てくる。
趙州・・・趙州従諗(じょうしゅうじゅうしん)禅師(778~897年)。南泉普願禅師の弟子。9則などに出てくる。
投子・・・投子大同(とうすだいどう)禅師(819~914年)。翠微無学禅師の弟子。慈済大師と諡す。
卞璧燕金・・・楚の卞和(べんか)が掘り出した宝石と燕の国で産出される金。共に優劣が付けられない宝石をあらわす。
無星秤・・・目盛りの無い秤。
没底舡・・・底の無い船。
現代語訳
三聖と雪峰はそれぞれ教えを受け継いできた師匠たちが違うが春の桜と秋の菊のように優劣はつけられない。
趙州と投子は共に大きな修行道場の指導者であり、宝石と黄金のように優劣はつけられない。
目盛りの無い秤の上ではそもそも優劣は無い。
重さに優劣が無い二人が乗り合ったら底抜けの船でも向こう岸へ渡ることが出来る。
そんな二人が出会ったらどのような問答を交わすのだろうか。
本則
挙す。
趙州、投子に問う、「大死底の人却って活する時如何?」【探竿手に在り】。
子、云く、「夜行を許さず、明に投じて須らく到るべし」【影草、身に随う】。
大死底の人・・・仏道を邁進する人。仏道以外に目を向けず、煩悩が一点も無い人。
探竿・・・泥棒が穴から中に棒を挿し込んで中の様子を探る時の竿。
夜行を許さず・・・夜は外出禁止である。
影草・・・草の束を水に沈め、その影に魚が集まったところを網で掬う漁法。隠れ蓑のこと、盗人が身を隠す道具。
現代語訳
趙州禅師が投子禅師に「死人のように煩悩も断ち切って仏道を歩む人が煩悩に触れてしまった時、どうなってしまうのか?」【趙州禅師が探りを入れてきたぞ。油断するな】と問いかけた。
投子禅師が答えた。「なぁぁにぃぃぃ?死人が生き返っただとぉぉ?夜に歩き回っているから死人か生人か気になるのだ。明るくなってから出直してまいれ!!!」【投子禅師は明暗の言葉で議論から隠れたぞ。流石だ】。
黄檗・・・黄檗希運(おうばくきうん)禅師(???~850年前後)。百丈懐海禅師の弟子。弟子に臨済義玄がいる。
噇酒糟の漢・・・酒糟は酒粕のこと。噇は喫すという意味。漢は野郎。カス食らい野郎、つまりクソヤロウや酔っ払い野郎。
与麼・・・そんな風に。
現代語訳
ある時、黄檗禅師が弟子たちを集めて言った。「君たちは全員クソヤロウで酔っ払い野郎だ。本を読み文字に固執して仏教を理解したつもりでいる。いろいろな修行道場を巡っては経験を積んだつもりになっている。」
さらに弟子たちを見渡し、「まったく!!。この中国全土に禅師と呼べる者などいないことが分らんか!!!」と言った。
するとある修行僧が前に出てきて言った。「師匠はそのようにおっしゃるが、現に多くの寺に多くの修行僧がいて毎日その修行僧を指導する人たちがいます。この人たちは禅師ではないのですか?」
黄檗禅師は「私は禅が無いなどとは言っていない!!!ただその禅に師匠というものが無いと言っているのだ!」。
頌
頌に曰く。
芥城(けじょう)劫石(こうせき)妙に窮める初め【今時を及尽して始めて成立することを得る】、
活眼環中、廓虚(かくこ)を照らす【絶後に重ねて蘇らば君を欺くことを得ず】。
夜行を許さず暁に投じて到る【已に程途に渉る】。
家音(かいん)未だ肯(あ)えて鴻魚(こうぎょ)に付せず【已に是妄りに消息を伝う】。
芥城・・・長い時間。
劫石・・・長い時間。
家音・・・故郷へ送る音信。
鴻魚・・・手紙を送る際に使った鳥と手紙を偶々呑み込んだ魚が手紙を届けた故事から音信のこと。
噬臍・・・後悔。
禹力不到・・・夏王朝の禹王は治水工事を行ったが黄河の源流までは手が届かなかった。
氷盤・・・月。
玉樹・・・雪を帯びた木。
痕玷・・・玉の傷。
白珪・・・美しい玉。
現代語訳
長い仏道の歩みの最初を究め尽くしている。1000年後の窮みと今の窮みに違いは無い。
その窮みとはドーナツの中心が虚空であるのと同じである【死人のように歩む人が煩悩に出会ったとしても欺くことは出来ない】。
死人は死人で究め尽くし、活きる時は活きる様を究め尽くす。暗い夜に歩けないように、死人なのか活人なのか定かでないなら動くことは無い。
この二人に議論は必要なさそうだ。
解説
さて、この問答のポイントは「大死」と「活きる」ことです。自我意識も無く、ただただ仏道に邁進する人はまさに、ロボットか死人と同じです。しかし、人間は生きている以上、食事をし排便し、寝ますし、様々な現象物質から欲望を起こすことがあります。
仏道に邁進する人が煩悩の原因に触れた時、どうするのか?という問いかけです。
答えは、「何もしない」です。その対象を見て、触って、嗅いで、どのような自我意識の起こりで煩悩を起こしているのか煩悩を起こしている間は分かりません。冷静な判断が出来ているのであれば、その時は煩悩が消えている状態でしょう。であれば、落ち着くまで対象物から距離を置くか、距離が置けなければ何もしないのが正解でしょう。
そして、この問答自体も、その死人が活きる現象の一つです。
なので、投子禅師は問答の議論から完全におりる為に、暗いうちに歩き回るな、明るくなってから出直せと言い、それ以上の議論を断ち切っています。
我々も、日々テレビを見た時、政治に触れた時、誰かと会話したとき、無駄で無用で徒に心を乱す議論を思い起こしてはいないでしょうか。よくよく点検していかなければなりません。
第六十四則「子昭承嗣」
第六十四則 子昭承嗣(ししょうじょうし)
衆に示して曰く:
韶陽(じょうよう)、親しく睦州(ぼくしゅう)に見(まみ)えて香を雪老に拈ず。
投子(とうす)、面(ま)のあたり円鑑(えんかん)に承(う)けて法を大陽に嗣ぐ。
珊瑚枝上に玉花開き、薝葡林(せんぷくりん)中に金果熟す。
且らく道(い)え如何が造化し来らん。
韶陽・・・雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師(864~949年)。雪峰義存の弟子。韶陽山にいたので韶陽と呼ばれていた。
睦州・・・睦州道蹤(ぼくしゅうどうしゅう)禅師(780~877年)。黄檗希運禅師の弟子。
雪老・・・雪峰義存(せっぽうぎそん)禅師(822~908年)。徳山宣鑑禅師の弟子。24則に出てくる。
投子・・・投子義青(とうすぎせい)禅師(1032~1083年)。大陽警玄禅師の法を嗣ぐ。
円鑑・・・浮山法遠禅師(991~1067年)。葉県帰省禅師の弟子。
大陽・・・大陽警玄禅師(943~1027年)。梁山縁観禅師の弟子。
薝葡林・・・薝葡は香りの良い花とされる。維摩経に出てくる。ここではクチナシを指す。クチナシは実が熟しても果実が割けないので「口無し」という。
現代語訳
雲門禅師は最初、睦州禅師の元で仏道に入門した。後に雪峰禅師の弟子となり法を嗣いだ。
投子義青禅師は浮山禅師に参じ仏道を歩んできた。しかし、嗣いだ法は投子義青禅師が生れる前に亡くなった大陽禅師の法であった。
仏法の極意を嗣ぎ、代々引き継いでいくということは決して実体を持って消息の定まったものではない。雲門禅師や投子禅師のように丁寧に指導してくれ方が師匠とならないことも不思議ではない。
法を嗣ぐということは、珊瑚の枝に花が開き、クチナシの果実が割れるようなものであろう。
さて、どのように育てたら珊瑚に花が咲き、クチナシの実が割れるのであろうか?
本則
挙す。
子昭(ししょう)首座、法眼に問う、「和尚開堂何人(なんびと)に承嗣(じょうし)するや?」【早く今日閑管と成ることを知らば、悔ゆらくは当時(そのかみ)好心を用いざれ】。
眼、云く、「地蔵」【恩帰するに地有り】。
昭、云く、「太(はなは)だ長慶先師に辜負(こふ)す」【肘膊外に向かって曲がらず】。
眼、云く、「某甲長慶の一転語を会せず」【佯(いつわ)って知らざるを打(まね)す】。
昭、云く、「何ぞ問わざる」【狼を引得し来って屋裏に屙(あ)せしむ】。
眼、云く、「万象之中独露身。意作麼生?」【覿面に相呈す】。
昭、乃ち払子を竪起(じゅき)す【両重の公案】。
眼、云く、「此は是長慶の処に学する底なり、首座分上作麼生?」【筈を劈(さ)き窠(か)を奪う】。
昭、無語【只、跳得一跳せよ】。
眼、云く、「只だ万象之中独露身というが如きは是万象を撥(はら)うか万象を撥わざるか?」【却って葫蘆(ころ)の倒(さかさま)に藤が繳(まと)わる】。
昭、云く、「撥わず」【話、両橛(りょうけつ)と作る】。
眼、云く、「両箇」【明眼は謾じ難し】。
参随の左右皆云う「万象を撥う」と【転た堪えざるを見る】。
眼、云く、「万象之中独露身、聻」【両彩一賽】。
子昭首座・・・長慶慧稜禅師の元で修行している僧侶。詳細は不明。首座は修行僧のリーダー的ポジション。この時、長慶禅師は死去し首座の配役も終わっているのだろうか。
法眼・・・法眼文益(885~958年)。この話では子昭と同じく長慶慧稜禅師のもとで修行していた。17則27則に出てくる。
閑管・・・無駄話。無関係な人。
地蔵・・・地蔵桂琛(じぞうけいちん)禅師(867~928年)。羅漢院というお寺に移った為、羅漢桂琛とも。12則20則に出てくる。
長慶先師・・・長慶慧稜禅師(854~932年)。先師は亡くなった師匠のことを指す。この話の時は亡くなっていたのだろう。24則71則に出てくる。雪峰義存禅師の弟子。
肘膊・・・肘と膝。
屙・・・排尿させる。
万象之中独露身・・・この語句は長慶慧稜禅師が師匠である雪峰禅師の元で大悟した際に提示した偈頌。
両重の公案・・・「万象之中独露身」と「払子を竪起す」の公案。
跳得一跳・・・そこから飛び出して、さらにその先からも飛び出せ。
葫蘆・・・瓢箪。
聻・・・これ。そのまま。○○はどうだという軽い感嘆文。
両彩一賽・・・サイコロを二つ転がし、同じ目が出ると共に同じ物質特性を表している。このとき、二つで一つであるという例え。
現代語訳
法眼は長年に渡り長慶禅師の元で修行していた。しかし、地蔵桂琛(じぞうけいちん)禅師から法を嗣いだ。
同じく長慶禅師の元で共に修行していた子昭首座が法眼に質問した。「法眼さんは最近、住職の就任式を挙げたそうですが、誰から一人前の認可を貰って法を嗣いだんだ?」【無駄な質問をしたものだ。後悔するぞ】。
法眼は「地蔵禅師から法を嗣いだ」と答えた【法を受け嗣ぐ時は、しっかりと人から人へ引き嗣がれる】。
子昭首座は「長年、長慶禅師の元で世話になっておきながら、他の師匠から法を嗣ぐなど!!長慶禅師に申し訳ないと思わないのか!!!」と激しく責め立てた【肘や膝を外側に曲げるような無理な理屈だ】。
法眼は「長慶禅師がいつも言っていた言葉を私は会得出来なかったから長慶禅師から法を嗣がなかったのだ」と答えた【会得出来なかったというのは嘘だろう】。
子昭首座は「であれば、私に長慶禅師の言葉の意図を聞けばよかろう!!!」と言った【また、余計な事を言ったな】。
法眼は「では聞こうか。長慶禅師の『万象之中独露身(万象の中に独り身を露わす)』の意味とはなんだ?」と聞いた【言われた通り目の前に公案を持ち出した。もう逃げられないぞ】。
子昭首座は払子をスッっと立てた【独露身と払子と二つの公案になってしまったぞ】。
法眼はこれを見て「それは、長慶禅師が行った独露身だ。真似事ではなく君自身の独露身を示してくれ」と言った【子昭首座は武器も奪われ領地も取られてしまったように窮地に追い込まれたぞ】。
子昭首座は行き詰ったのか何も言えなくなってしまった【長慶禅師の払子から飛び出す必要がある】。
法眼は「『万象之中独露身(万象の中に独り身を露わす)』とは、万象という妄想の外に独露身を存在させるのか、万象を存在させてその中に身を独り露出させるのか、どちらであろうか?」と聞いた【法眼を責め立てたが、逆に法眼から責められてしまった】。
子昭首座は「万象を存在させてその中に身を独り露出させる」と答えた【二択の話ではなかったのに、勝手に二択の答えを言わされている】。
法眼は「万象と身が存在するのであれば、独りとは言えぬぞ」と言った【法眼を欺くことは出来ない】。
さらに法眼は子昭首座に参じている修行僧達に同じ質問をした。すると、皆口をそろえて「万象という妄想の外に独露身を存在させる」と答えた【子昭首座が間違えたので、逆の事を言った】。
二択の問題で不正解を指摘されたら、もう片方を答えるしかないのだから、修行僧達も法眼の罠にかかったのだ。
もともと二択の問題ではないのだ。
法眼は「万象之中独露身とは、万象は中か、万象は露身か、万象が独であるか。どうだ!!」と言った【在るか無いかの二元で考えてはいけない】。
頌
頌に曰く。
念を離れて仏を見【草枯れて鷹眼疾し】、塵を破って経を出だす【雪尽きて馬蹄軽し】。
現成の家法【少るにあらず剰るにあらず】、誰か門庭を立せん【尽く這裏より流出す】。
月、舟を逐うて江練(こうれん)の浄に行き【一多無礙、去住自由】、
春は草に随って焼痕の青きに上る【頭上に夾山を薦取せよ】。
撥と不撥と【転ずれば必ず両頭走る】、聴くこと丁寧にせよ【事は細に厭わず】。
三径荒に就いて帰ることは便ち得【下坡走らずんば】、
旧時の松菊尚芳馨(ほうけい)す【快便逢い難し】。
現代語訳
仏には仏としての特徴があるとも思わず、仏と仏以外を区別しない時に、仏に見えることが出来る。
乱れる心を仮設しなければ、お経に見えることが出来る。
この縁起の在り様がそのまま、仏道の修行道場の家風である。別にその家風を実体があるかのように掲げなくても良い。
月は船を追って水面に映り、春は草に随って現成する。
万象に在るのか、万象が妄想されるのか、どちらでもなさそうだ。
法眼は長慶禅師の言葉を持ち出し、独露身を説いた。
長慶禅師の仏法は「嗣ぐ」「嗣がない」の実体を持たない。松や菊の芳香のように独露身即現成である。
解説
現在の曹洞宗でも、伽藍法といい宗教法人の代表役員を引き継ぐからという理由でわざわざ付き随った師匠から寺院の先代に師匠を変える輩がいる。
しかし、法眼禅師は地蔵禅師から寺を継いだから法も嗣いだわけではない。では、なぜ長年随ってきた長慶禅師ではなく地蔵禅師の元で嗣法したのか。法眼禅師は「長慶禅師の言葉を会得出来なかったから」と言いますが、それ以降の会話で示される通り、師匠の言葉を会得することなど永遠に無いのでしょう。
考え、理解し、実践する努力はするが「分からない」で留めておかなければ、結局は勘違いや猿真似で終わってしまう。
そして、達磨門下の僧にとって誰から法を嗣ぐかどうかは重要では無い。嗣ぐ法の実体を認めず、人と相対して言い間違えながら嗣いでいくのである。
これは達磨門下の特徴であろうと思います。浄土宗浄土真宗では三部経が軸となり、三部経に書かれていることを根拠に悟りと修行を行います。日蓮宗では妙法蓮華経を拠り所とし悟りの核とします。
しかし、達磨門下の我々は実体の在る「只の文字(お経)」や「誰かの言葉」や「この宇宙に存在する本質」や「ありのままの自己」などというものを拠り所とはしないのです。
何を拠り所とするのかと言われれば、「分からない」が答えでしょうか。これはマジで流行らない宗教ですね。
第六十五則「首山新婦」
第六十五則 首山新婦(しゅざんしんぷ)
衆に示して曰く:
叱叱沙沙(たたささ)、剥剥落落(はくはくらくらく)。
刁刁蹶蹶(ちょうちょうけつけつ)、漫漫汗汗(まんまんかんかん)。
咬嚼(こうしゃく)すべきこと没(な)く、近傍なし難し。
且らく道(い)え是甚麼(なん)の話ぞ。
叱叱・・・怒る犬(獅子)のこと。舌打ちする音。
沙沙・・・吠えまくる犬(獅子)の声。声がしわがれること。
剥剥・・・引き裂かれたかのように、つんざくような声で鳴く犬(獅子)。門戸を激しくたたく音。
落落・・・落ち着き犬(獅子)のこと。
刁刁・・・風のように速く走る犬(獅子)のこと。そよそよ風が吹く様。
蹶蹶・・・急ぐ犬(獅子)のこと。戒め務める様。
漫漫汗汗・・・水面が広く果てしない様。
現代語訳
犬はワンワンと鳴き、ニワトリはコケコッコーと鳴くという。
しかし、犬はバウバウと鳴き、ニワトリはクックアドゥールドゥと鳴くという人もいる。
このような語句には何の意味もなく、嚙み砕いて説明することも出来ない。答え合わせも出来ない。
さて正しい鳴き声を端的に言う僧侶の話はあるだろうか?
本則
挙す。
僧、首山に問う、「如何なるか是れ仏?」【可煞(はなはだ)新鮮】。
山、云く、「新婦、驢に騎(の)れば阿家(あこ)牽(ひ)く」【是何の道理ぞ】。
首山・・・首山省念禅師(926~993年)。風穴延沼禅師の弟子。
阿家・・・姑。
現代語訳
ある僧侶が首山禅師に質問した。「仏ってなんですか??」【よくある質問だ】。
首山禅師は「花嫁が馬に乗れば姑が馬を引く」と答えた【これは何の道理だろうか。嫁は嫁、姑は姑と誰が決め、乗る人と引く人は誰が決めるのだろうか】。
頌
頌に曰く。
新婦、驢に騎れば阿家(あこ)牽(ひ)く【草木拈出することを労せず】。
体段風流自然(じねん)を得たり【描不成、画不就】。
笑うに堪えたり、顰(ひん)に学(なら)う隣舎(りんしゃ)の女【巧を弄して拙と成す】。
人に向かって醜を添えて、妍(けん)を成さず【笑いを傍観に取る】。
顰・・・顔をしかめる。
隣舎の女・・・昔、中国に西施(せいし)という美人がいた。ある時、西施が腹が痛くなって顔をしかめた。美人が顔をしかめると、さらに美人に見えた。それを見た隣の女が嫉妬して、自分も顔をしかめてみた。すると余計に不細工になった。しかし、隣の女は不細工になったことなど分かるはずがなく、周りの人から笑われてしまう。
現代語訳
花嫁が驢馬に乗れば姑がこれを牽く【見たまま】。
その風景から何を感じるのかは人それぞれであろう【見たままの事以上に描くことはできない】。
人がその風景でどのように感じたかなどどうでもよく、他人の感性など分かりようがない。真似しようとしても真似出来ない。
解説
今回の話は衆に示して~にある通りです。
本則だけ読むと何のことか分かりません。
犬はワンワンと吠え、風はゴウゴウと吹き、落ち着かないとソワソワする。しかし、この「ワンワン」「ゴウゴウ」「そわそわ」という語句で犬の鳴き声や風の音、落ち着かない人をそのまま表わせているかと言うとそうではない。
ワンワンと聞いてシマウマの鳴き声を思い浮かべる人がいたとしても不思議ではない(私は実際にシマウマはワンワンと鳴いているように聞こえる)。文化が違えばソワソワしているという表現は当てはまらないだろう。実際に音が鳴らない擬態語だけではなく、ニワトリの鳴き声「コケコッコー」のような実際にそう聞こえる擬音語は正しいだろうと言う人もいます。しかし、世界を見てもコケコッコーと聞こえるのは日本人とマオリ族だけです。アメリカはクックアドゥールドゥ、フランスはコックェリコ、中国はコーコーケー、韓国はコッキョクウクウコーコ、ロシアはクカレクーです。なぜこのような事が起こるのか。それは人間は見たまま聞いたまま嗅いだままを言語化できないからです。自分のフィルターと知識を持って、事象を書き換え解釈し勝手にかみ砕いて言語化していくのです。
もし、見たままを人間がそのとおりに写真のように絵に描ければ、遠近法や下書きも無ければ美術の授業も必要ありません。遠近法といっても、手前を大きく遠方を小さく画く西洋の方法もあれば、遠方をぼやかしながら描く水彩画、手前をダイナミックに遠方を動きの少ない山などで表現する葛飾北斎など様々な手法があります。もし、見たままを描けるのであれば別に絵など珍しくもなく、エジプトの壁画も全員横を向く必要は無かったでしょう。
人間の五感による認識作用は全てフィルターを通して概念化言語化されていくのです。
であれば「ホトケ」という言語で表現される何かを説明してくださいと言われれば、言葉による答えは全て自己の経験と知識に基づき改変された擬音語か擬態語となるわけです。
「ほとけ」と聞き、仏像を思い浮かべる人もいれば、ガウタマシッダールタを思い浮かべる人もいる。悟りを開いた人を思い浮かべる人もいれば、亡くなった人を思い浮かべる人もいる。そして聞いたことも無ければ、それがモノなのか概念なのか事象なのかも分からない人もいる。
それは、花嫁が馬に乗り、姑が馬を牽く風景を見て、様々な物語や人間模様を思い描いてしまうように、「ホトケ」という語句に答えを求めても結局のところ、直接仏を現せる言葉が存在しないことになる。
しかし、犬の鳴き声を説明しろと言われ、言葉で答えるのが間違いであるとはいえ、犬を目の前に連れてきて鳴かせればそれは本物です。鳴いているその瞬間だけは犬の鳴き声を語らずとも示すことができる。
同じように仏を聞かれ言葉で答えるのが間違いであるとはいえ、修行により示すことは出来る。それは犬が鳴いている瞬間のみ「犬の鳴き声が現成」するように、修行の間だけ証明がなされる。
この僧侶はこの理が分からず下らない質問をしたのだろ。
第六十六則「」
第六十六則
衆に示して曰く:
本則
挙す。
頌
頌に曰く。
解説
第六十七則「」
第六十七則
衆に示して曰く:
本則
挙す。
頌
頌に曰く。
解説
第六十八則「」
第六十八則
衆に示して曰く:
本則
挙す。
頌
頌に曰く。
解説
第六十九則「」
第五十九則
衆に示して曰く:
本則
挙す。
頌
頌に曰く。
解説
第七十則「」
第七十則
衆に示して曰く:
本則
挙す。
頌
頌に曰く。