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従容録の自己流解説「51則~60則」

さて、従容録の第11則から20則を読み解いていきます。
1則から10則まではこちら 「従容録1則~10則」
11則から20則まではこちら「従容録11則~20則」
21則から30則まではこちら「従容録21則~30則」
31則から40則まではこちら従容録31則から40則
41則から50則まではこちら「従容録41則から50則」

以下の点を読み解いていく為の軸とします。
1,自己の本質や自己そのものが単一で存在しない
  これは、自己の存在認識が二元論的に自分と他人の対比による言語化された虚構の概念であるから。

2,「悟り」や「真理」という言葉に根拠を持たない。
  仏陀は悟りについて具体的に経典で言及していない。あくまでも悟ったと言う経験談を語っているに過ぎないので「悟り」が何かを定義しない。

3,人権や道徳、倫理に関わる問題はそのまま読み進める。
  ジェンダー、身分、職業、暴力、身体的障害等は現代の感覚とかけ離れているが、あくまでも当時の感覚と捉え気を悪くせず受け止めていただきたい。

4,本則の漫画のみを読み解くと読み手の自由な解釈が無限に出てくるため、
  宏智正覚禅師と万松行秀禅師が何を狙ってエピソードを取り上げたかにフォーカスして読み解く。

目次

第五十一則「法眼舡陸」

従容録 法眼舡陸 51則

第五十一則 法眼舡陸(ほうげんこうりく)

衆に示して曰く:

世法の裏に多少の人を悟却(ごきゃく)し、仏法の裏に多少の人を迷却(めいきゃく)す。
忽然(こつねん)として打成一片(だじょういっぺん)ならば、還って迷悟を著(つ)け得んや也(また)無しや。

世法の裏・・・世間でどれほどの人が悟っていて、どれほどの人が迷っているのか。
打成一片・・・打って一片と成す。ここでは、世間の法と仏道の法を一つにするという意味。

現代語訳
世間法の営みの中にも仏道法に適うことがあり、多くの人が悟りを得る。仏道法の中にも仏道の正しさに執着し惑わされ多くの人が人生に迷う。
急に世間法と仏道法を一つにする一撃を打てば、そこには迷いも悟りもなく世間も仏道も出家も在家も無くなるであろうか?
さあ、どうだ?

本則

挙す。
法眼、覚上座に問う、「舡来(こうらい)か陸来か?」【大いに両般有るに似たり】。
覚、云く、「舡来」【深く実相を談じ善く法要を説く】。
眼、云く、「舡は甚麼(なん)の処にか在る?」【不実を恐怕(きょうはく)す】。
覚、云く、「舡は河裏に在り」【果然として下落有り】。
覚、退いて後、眼、却って傍僧に問いて云く、「汝道(い)え適来(せきらい)の這(こ)の僧、眼(まなこ)を具するや眼を具せざるや?」【可惜許(かしゃくこ)】。

法眼・・・法眼文益(ほうげんぶんえき)禅師(885~958年)。地蔵桂琛(じぞうけいちん)の弟子。17則、20則、27則にも出てくる。
香を尋ね気を逐う・・・いろいろな所を巡り歩き仏教を勉強して回るのは、犬が腐った魚の香りを追いまわすようだという表現からきた。
覚上座・・・おそらく光孝慧覚のこと。趙州従諗(じょうしゅうじゅうしん)(778~897年)の弟子。頭も良く弁も立ち非常に優秀であったと伝わる。上座は座に登り仏法を説ける僧侶のことで僧侶の敬称で使われる。
適来・・・セキライと読み中国のスラング。先ほどという意味。
可惜許・・・とてもおしいという意味。

現代語訳
法眼禅師が覚上座に聞いた。「お主は船で来たのか?陸を歩いて来たのか?」【河と陸の二元で見てはいけない】。
覚上座は「船で来ました」と答えた【深く自己の存在を述べ説いている】。
法眼禅師は「その船はどこにあるのだ?」と聞いた【覚上座の見解が本物かどうか疑って聞いたのであろう】。
覚上座は「船は河の中にあります」と答えた【予想通りだ】。
覚上座が去っていった後、法眼禅師は隣にいた僧侶に「先ほどの覚上座は仏法の眼を兼ね具えているか?君には分かるかね?」と聞いた【惜しい事にこの僧侶は法眼禅師の慈悲の心が分からなかった】。

頌に曰く。
水、水を洗わず【絶点澄清(ぜってんちょうせい)】、金、金に愽(か)えず【錬って一塊と做す】。
毛色に昧(くろ)うして馬を得【相をもて取ることを得ず】、糸絃(しげん)靡(の)うして琴を楽しむ【声もて求むべきに非ず】。
縄を結び卦(け)を画いて這の事有り【法出でて姦生ず】、喪尽(そうじん)す真淳(しんじゅん)盤古(ばんこ)の心【巧を弄して拙と成す】。

絶点澄清・・・絶点は点塵を絶すること、つまりちょっとした塵も無く澄み渡っているという意味。
毛色に昧うして馬を得・・・准南子という故事。名馬である伯楽ともなれば毛色の良し悪しに依らず馬の良し悪しが分かるという意味。
糸絃靡うして琴を楽しむ・・・晋書の故事。琴の名手は弦がなくても琴が弾けるという意味。
縄を結び卦を画いて・・・大昔の中国では縄を結んで文字として約束を交わしていた。漢字などの文字が成立する前の時代のこと。インカ帝国では結び目の数で約束事を表していたそう。
法出でて姦生ず・・・法律を作っても、その隙間をくぐって悪事を働く人がいるという意味。
盤古・・・天地創造の神。

現代語訳
水で水を洗うことは出来ない【もともと水は塵一つなく清らかだ】。金で金を薄く延ばすことは出来ない【金と金を混ぜても金の塊になるだけだ】。水と水に境界線は引けないし、金と金に優劣をつける事もできない。
名馬は毛並みに関係なく名馬であり【見た目は関係ない】、優秀な演奏家は琴の有り無しに関係なく無音の優れた演奏家だ【声色で人を判断しても仕方がない】。
法眼禅師と覚上座の問答の素晴らしさは約束事のように鮮やかであった【たまに約束を破る】。最後に隣の僧侶に問うたが、僧侶はそのままの言葉で受け止めたようだ【良き指導をしたが実らなかった】。

解説

従容録も半分までくると、何を言わんとしているか分かりますね。順番に読んでいない人もいるでしょうから初めから解説します。
まず法眼禅師の問いかけ「船か歩きか?」は、あなたの概念化された自己はどこから来ているのか?二元的な概念か?と聞いています。
我々が自己紹介をする時に「日本人です」「男性です」「○○歳です」「几帳面な性格です」「絵が得意です」と言います。これらは全て二元的な概念によって言語化されています。日本人というのは日本人と日本人以外を二元的に考え「にほんじん」という発音で概念を固定化します。なので私は物質です、とは言わないわけです。なぜなら、物質と物質以外のものを概念として持ち出すことはなく必要性もないからです。同じく男性女性、几帳面大雑把と対比させた概念で自己を認識します。
法眼禅師の問いかけは、「今、あなたが認識している自己はどんな概念化された自己であろうか」となります。
すると覚上座は「船で来ました」と答えます。これは「認識される自己は二元的に概念化されています」ということです。

ここまでの問答では、普通の会話に見えてしまいます。そこで、法眼禅師はこの問答が本当に存在の概念と自己の概念化についての問答なのか確認する為にさらに質問します。「船はどこにある?」と。この問いは「二元的に認識された自己の属性はどこにあるのか?」ということです。
これに対して、「あちらの河に浮かんでいます」と答えたら、覚上座は只の世間話をしているに過ぎません。
しかし、覚上座は問いに対してすかさず「河の中にあります」と言います。
船は河の中、つまり沈んでいて船は船では無くなっているというのです。船で来たという自己認識は概念であり実体は無いということです。
最期に覚上座が去った後、隣の僧侶に覚上座の力量を聞いたが、僧侶は「????(ただの世間話じゃん)」となっていたわけですね。残念。

我々は普段、自己は確かに存在し外界とは隔絶された存在として確立していると考えます。その考えが増長し「絶対の自己」「守るべき所有物」「自尊心」などを生み争い、怒り、憎しみ、悲しみ、悩み、生きづらさとなるのでしょう。
それらを打ち砕けば自己と他己は関係性の中で限定的構築され自他一等となっていきます。
こんなことを考えながら生活すると日常生活に支障がでますので使いようでしょうが。

第五十二則「曹山法身」

従容録 曹山法身

第五十二則  曹山法身(そうざんほっしん)

衆に示して曰く:

諸の有智の者は譬喩を以て解することを得。
若し、比することを得ず、類(るい)して斉(ひと)しうし難き処に到らば、如何(いかん)が他に説向(せっこう)せん。

現代語訳
智慧ある人達は比喩表現を用いて分かりやすく説明すれば理解する。
もし、同じような例えが無く、類似する概念が無い時はどのように説明すれば良いのか?

本則

挙す。
曹山、徳尚座に問う、「仏の真法身は猶(なお)虚空の若(ごと)し【官には針をも容れず】。物に応じて形を現ずることは水中の月の如し【私には車馬を通ず】。作麼生(そもさん)か箇の応ずる底の道理を解(と)かん?」【叉手近前して云く喏(だく)】。
徳、云く、「驢の井を観るが如し」【落花意有って流水に随う】。
山、云く、「道うことは即ち太煞(はなはだ)道(い)う、只だ八成を道い得たり」【千里の目を窮めんと欲せば】。
徳、云く、「和尚又如何?」【更に一層楼に上れ】。
山、云く、「井の驢を観るが如し」【流水無心にして落花を送る】。

曹山・・・曹山本寂(そうざんほんじゃく)禅師(840~901年)。洞山良价禅師の弟子。洞山五位説の大成者。
徳尚座・・・尚は上と同じ意味なので徳上座。おそらく彊徳上座のこと。曹山禅師の弟子。
官には針をも容れず・・・官庁での仕事は針一本の間違いも許さない程厳しいという意味。
私には車馬を通ず・・・私道に馬車を自由に通すほど緩く自由であるという意味。上記の句と対になっている。
八成・・・80%という意味。十分ではないという意味と80%の力で十分やり遂げるという称賛の意味がある。ここでは十分に言い得ているとは言えないという意味か。

現代語訳
曹山禅師が徳上座に問いかけた。「金光明経に『仏の真の姿は虚空のように実体がない。縁に随い感に赴いて形を現ずる。それは水面に映る月のようである』とあります。この道理をどのように説こうか?」。
徳上座が答えた。「驢馬が井戸を覗き込み水に映る自分を見るようなものです。」
曹山禅師は「うむ、八割言い得ているようだが、まだ不十分だ。」と言った。
徳上座は「では、曹山禅師はどのように言いますか?」と聞いた。
曹山禅師は「井戸が驢馬を水に映し驢馬を見るようなものだ。」

頌に曰く。
驢、井を観【五更早を侵して起きる】。井、驢を観【更に夜行の人有り】。
智容れて外無く【天下の衲僧跳不出】、浄(じょう)涵(ひた)して余り有り【万象能く影質を逃れること莫れ】。
肘後(ちゅうご)誰か能く印を分かたん【天眼龍睛も窺うべからず】。
家中書を蓄えず【真文は醋(さく)ならず】、機糸掛けず梭頭の事【花又損せず】、文彩縦横意自ずから殊なり【蜜又成ることを得ず】。

肘後(ちゅうご)誰か能く印を分かたん・・・中国の「史記」の話。趙鞅(趙簡子)が当時人相見として高名であった姑布子卿を招いて子供たちを見せた時、姑布子卿は無恤のみが大成すると予言した。しかし、無恤の母は翟族出身で、身分も下卑だった。その上に無恤は末子であったので、この時の趙鞅はこのことを聞き流した。
後日、趙鞅は子供たちを集めて「私の宝の符を常山の頂に隠してある。見つけたものに褒美をやろう」と言ったが、子供たちは誰一人として見つけることができなかった。
しかし無恤だけが帰ってきて「宝をみつけました」と言った。趙鞅が「見せてみよ」というと無恤は「常山の頂に立つと代を見下ろすことができますが、代は取ることができます」と答えた。そこで趙鞅はついに長子の伯魯を廃して、末子の無恤を立てた。しかし、長兄の伯魯はこれを恨まず、かえって末弟の無恤を温かく見守り、支えた。無恤も幼い時から自分を可愛がってくれた兄をますます敬ったという。
肘の後ろにある割符こそ受け継がれる印だという意味か。

現代語訳
驢馬が井戸を見る。驢馬は映った自身の姿を自己だとは判断できない。しかし、能見(見る主体)所見(見る対象物)がある。
井戸が驢馬を見る。井戸は映った姿を驢馬だと判断できない。能見所見も無い【早起きしたと思ったが、夜中から起きている人がいた。上には上がいる】。
現成する存在は認識する範囲において普く存在している【天下の卓越した僧侶もこの範囲から出る事はできない】。
この道理は仏祖の心印を体得したということでもない【能見所見がないから】。
この道理は経や論書を読み知識で得られるものではない【文字は淡泊無味である】。
機織りで織りなす刺繍は分別を用いず無為無作の道理を表す【蜂が花の香りを損なわず蜜をとるように】。
刺繍は美しいが天然自然の麗しさには遠く及ばない。自己が美しさを現成させるのではなく、糸が「思う自己」と「刺繍」を現成させる【蜜を作ることは無作にして成る】。

解説

今回は我々の認識作用をどのように捉えるかという問題です。
誰かに「馬鹿」「間抜け」「役立たず」と言われると誰でも腹が立つでしょう。しかし、現象としては空気の振動です。
只の空気の振動に意味づけを行い怒ったり悩んだり悲しんだり切なくなったりする。
見るものでも同じです。花を見て刺繍を見て綺麗だと思う。一方ゴキブリを見て気持ち悪いと思う。
仏教では縁起の観点から全てのものは空であり、実体が無いと説きます。
花も予め「花」という存在があるわけではなく、「綺麗な色どりのある植物の部位」=「花」という概念を持ち、自己が植物をそのように捉えると生物学上花でなくても、それは「花」として現成する。自己が何かを概念化し「ハナ」という言語で概念を固定した結果起こる限定的な存在です。
この道理をどのように説明するかと曹山禅師が聞きます。すると「驢馬が井戸を見る」と答えます。
驢馬というのは思料分別が無い生物の例えです。なので、井戸の水に映る自分の姿を見てもそれが自分であると認識することが出来ません。つまり、目で見た存在を概念化する術を持たないのです。しかし、、概念化しなくても見るという機能を持っている以上能見(見る主体)所見(見られる客観的物質)の作用はあるわけです。
徳上座はこのように見る機能を持っていても概念化する術を捨てれば、全ての事物が虚空であると分かると言います。
そして曹山禅師は「それでは不十分だ」と突っ込みを入れます。
徳上座が「では禅師であればどのように言いますか?」と聞くと。
曹山禅師は「井戸が驢馬を見る」と言います。
井戸は見る機能がないので能見所見も無く能見所見も無ければ認識や分別もあり得ないと言います。そして能見所見も虚空であり見る主体も虚空、見られる対象物も虚空であると言います。

しかし、井戸や驢馬という概念、実体を用いている以上、概念化されない世界、概念化されない仏を言い得ることは出来ないと言えます。言葉を用いて説明している以上、どこまで行っても言い得ないのでしょう。

第五十三則「黄檗噇糟」

従容録 黄檗噇糟 53則

第五十三則 黄檗噇糟(おうばくどうそう)

衆に示して曰く:

機に臨んで仏を見ず、大悟師を存せず。
乾坤を定むる剣、人情没(な)し。
虎兕(こじ)を擒(とら)うる機、聖解(しょうげ)を忘ず。
且らく道え是甚麼人(なんびと)の作略ぞ。

機に臨んで仏を見ず・・・南院慧顒禅師の言葉。得るものが無く、何の為でもない行い修行のことを指す。
大悟師を存せず・・・青林師虔禅師の言葉。悟りも無く、結果なんにもならない行い修行のことを指す。

現代語訳
仏道において何かしらの行動をする時に何かを得ようとか難しく思考を巡らせる必要は無い。
仏道において悟りの内では師匠と呼べる者は現れない。
師匠が弟子を指導するときは人情など無くて良い。
立派な修行僧に相対したときに悟りとか仏教知識とかは忘れて良い。
さて、このような師匠と弟子の関係を築き上げた人はどんな人であろうか?

本則

挙す。
黄檗、衆に示して云く、「汝等諸人尽く是れ噇酒糟(とうしゅそう)の漢【黄檗門下】、与麼(よも)に行脚せば何の処にか今日あらんや【今既に昔に如(し)かず、後当に今に如かざるべし】。還って大唐国裏に禅師無きことを知るや」【眼、四海に高し】。
時に僧あり出でて云く、「只諸方の徒(ともがら)を匡(ただ)し衆を領ずるが如きは又作麼生(そもさん)?」【黄檗身を兼ねて在り】。
檗云く、「禅無しとは道わず、只是師無し」【且く一半を救い得たり】。

黄檗・・・黄檗希運(おうばくきうん)禅師(???~850年前後)。百丈懐海禅師の弟子。弟子に臨済義玄がいる。
噇酒糟の漢・・・酒糟は酒粕のこと。噇は喫すという意味。漢は野郎。カス食らい野郎、つまりクソヤロウや酔っ払い野郎。
与麼・・・そんな風に。

現代語訳
ある時、黄檗禅師が弟子たちを集めて言った。「君たちは全員クソヤロウで酔っ払い野郎だ。本を読み文字に固執して仏教を理解したつもりでいる。いろいろな修行道場を巡っては経験を積んだつもりになっている。」
さらに弟子たちを見渡し、「まったく!!。この中国全土に禅師と呼べる者などいないことが分らんか!!!」と言った。
するとある修行僧が前に出てきて言った。「師匠はそのようにおっしゃるが、現に多くの寺に多くの修行僧がいて毎日その修行僧を指導する人たちがいます。この人たちは禅師ではないのですか?」
黄檗禅師は「私は禅が無いなどとは言っていない!!!ただその禅に師匠というものが無いと言っているのだ!」。

頌に曰く。
岐(みち)分かれ糸染んで太(はなは)だ労労【事を知こと少なき時煩悩少なし】。
葉聯(つらな)り花聨(つらな)って祖曹(そそう)を敗す【人を識ること多き処是非多し】。
妙に司南造化の柄を握って【一朝の権手に在り】、水雲の器具に甄陶(けんとう)在り【令行の時看取せよ】。
繁砕(はんさい)を屛割(へいかつ)し【大象、兎径に遊ばず】、氄毛(じょうもう)を剪除(せんじょ)す【大悟、小節に拘らず】。
星衡藻鑑(せいこうそうかん)【繊豪も昧まさず】、玉尺金刀【度量深明】。
黄檗老、秋毫(しゅうごう)を察す【他を謾ずること一星も得ず】。
春風を坐断して高きことを放さず【預め不虞に備う】。

司南造化の柄・・・万物を創造生育する権威を表すことば。
水雲・・・雲水。修行僧。
甄陶・・・甄は陶器を作る時に用いる道具。万物を創造することは陶芸家が泥から器を作るような優れた腕前の為せる技という意味。
氄毛を剪除す・・・氄毛はムクゲという鳥の柔らかい毛があるところ。繊細なところを切り取るという意味。
星衡藻鑑・・・星は秤の目、衡は秤、藻鑑は優れた鑑識。物事の分別が正確なこと。
玉尺金刀・・・玉尺は立派な物差し、金刀は立派な包丁。物事の分別が正確なこと。
不虞・・・不意。

現代語訳
ガウタマシッダールタが亡くなってから部派仏教が興り、多くの解釈が生れた。そして中国に仏教が伝わり多くの宗派が生れた。
多くの解釈、宗派を学び知識を得ても煩悩が増すだけである。ご苦労なこった。
五家七宗の宗派がそれぞれで達磨や六祖慧能の仏道を引き継いだと言っているが、言っている内はその仏道を失っている。
黄檗禅師は自由に伸びる植物を育てるように修行僧を指導した。
その手段は陶芸家が泥から自由自在に器を作り出すような卓越したものだ。
大いなる修行者はどの小道を行こうかなどと迷わない。細かい解釈に違いに固執することもなく歩く。
それはまるで狂いの無い秤のように、立派な物差しのように分別を弁えている。
黄檗禅師の一刺しは弟子たちに下らない分別知識に固執していることを伝えた。
黄檗禅師はどんな知識人と対峙しても巍巍として修行するだろう。

解説

一部の学者は知識こそ多く、物知りであるが、往々にして見識が狭いように感じます。
何故かと言うと、仏道に対する自身のテーマが知識を得る事や知識によって出世することや、自分の仮説の正しさを押しつけることをだからです。
特に、自分の仏典の読み方通りに読まない人をとても批判する人はとても見識が狭いように感じます。
ガウタマシッダールタも達磨大師も文字を残さなかったと言われます。今残っている経典は仏陀の死後に弟子たちが集まり、「生前こんなことを言っていた」「こんな教えをこのような人に残した」「私は仏陀のこの言葉で心を動かされた」などと話し合いメモをしたものです。多くの経典の始まりが「如是我聞(我、このように聞いた)」であるのはあくまでも聞いた話のまとめであるからです。
であれば、経典の全ては仏陀の純粋な思想や教えではなく、聞き手の感想や我見が混じっています。
さらに、そこから部派仏教といい、死後500年の時代に経典から様々な解釈がされ、解釈の仕方で派閥が出来ていきます。
もうここまでくると聞き手の我見や感想が混じっているどころじゃない経典が多数出来上がります。おそらく生まれて七歩歩くなどもこの際に創作されたのでしょうか?
詳しくは私も学者ではないので分かりません。ここで言えるのは仏教は「かもしれない」の領域を出ないということです。

黄檗禅師はこのふわふわした仏教をそのままふわふわと学び実践しろと言います。
そして、自身の仏道のテーマに随って自分自身の仏道を歩めば良いと言います。その時に、自分と全く同じ生い立ち、同じ経験、同じ感想を抱きながら生きる人が居ない以上、完全に一致するテーマを以て仏道を実践する師匠はいない。
あくまでも、師から学び実践しそれを自身の仏道のテーマに随い組み立てていかなければいけません。同じく師匠も弟子に自分と同じように修行をして同じテーマを持って、同じ仏教の解釈を求めてもいけません。

私の師匠は教誨師という役目を長年され、東京拘置所に赴き活躍されています。その姿を見ながら毎回私の仏道のテーマとは全く一致しないことを実感します。
しかし、師匠が師匠たる由縁は常に私に公案(問いかけ)を与えてくれる事です。「お前の仏道はそれでいいのか」「お前の生き方は迷いの中にいないか」「日々、行動と言葉と思いを点検しているか」「欲望に振り回されていないか」と。その中で導き出した答えに師匠はケチをつけません(多分)。さらに同じ問いかけを与えてくれるだけです。
そこに、難しい知識もいらないし、師匠から知識を得る事もありません。むしろ知識を求め、文字から「これが仏教だ」と思うのは余計な分別であり、文字に固執し修行僧からは大きく離れた存在になってしまいます。あくまでも仮説の域を出ず、文字概念で書かれている以上、自身のテーマも仏道も言い当てられない虚妄であると心得ながら経典に親しむのがいいでしょう。

第五十四則「雲巌大悲」

従容録 雲巌大悲

第五十四則 雲巌大悲(うんがんだいひ)

衆に示して曰く:

八面櫺櫳(れいろう)、十方通暢。
一切処放光動地、一切時妙用神通。
且く道え如何が発現せん。

櫺櫳・・・玲瓏と同じ。はっきり見える様。
通暢・・・通逹と同じ。障害物無くはっきり見える様。
放光動地・・・法華経に出てくる言葉。如来の眉間の白毫からビームが出て世界を照らし大地が震動し衆生が覚醒するとういう話。観点を変えて見た事物の在り方の素晴らしさを表現した言葉。

現代語訳
どこから見ても透き通っている玉のように、十方に通じて障害が無い境涯のように。
全ての事物が仏の活用の中にあるように、全ての時間において菩薩の働きが用いられるように。
このような活作用はどのように現れるのだろうか?

本則

挙す。
雲巌、道吾に問う、「大悲菩薩、許多(そこばく)の手眼を用いて作麼(なに)かせん?」【汝恁麼に問う、箇の甚麼をか図するや】。
吾、云く、「人の夜間に背手して枕子(ちんす)を摸(さ)ぐるが如し」【一上の神通小小に同じからず】。
巌、云く、「我会せり」【且く詐明頭なること莫れ】。
吾、云く、「汝作麼生(そもさん)か会す?」【果然として放不過】。
巌、云く、「徧身是手眼」【空欠の処無し】。
吾、云く、「道うことは大煞(はなはだ)道う。即ち八成を得たり」【某甲舌頭短し】。
巌、云く、「師兄(すひん)作麼生(そもさん)?」【理長ずれば即ち就く】。
吾、云く、「通身是手眼」【隔礙の処無し】。

雲巌・・・雲巌曇晟(うんがんどんじょう)禅師(780~841年)。薬山惟儼禅師の弟子。弟子に洞山良价がいる。21則にも出てくる。
道吾・・・道吾円智禅師(769~835年)。雲巌曇晟禅師の実の兄にあたる。最初は役所に勤めていたため、仏道の上では雲巌曇晟禅師の弟弟子にあたる。薬山惟儼禅師から法を得た。同じく21則にも出てくる。
大悲菩薩・・・千手千眼大慈大悲観世音菩薩。
詐明頭・・・知ったかぶり。
八成・・・十分ではない。八割くらい。ここでは、10割分かりようが無いことから8割で十分であろうか。

現代語訳
雲巌がある時、兄であり弟弟子である道吾に問うた。「大いなる慈悲を持つ観世音菩薩は千の手と千の眼を持っていると言われる。そんなに多い手や眼をどのように使うのだろうか?」【雲巌よ。その問いかけをもって何を得ようというのか】。
道吾が答えた。「人が夜の暗闇の中で、背中の後ろに手をまわして、手探りで枕を探すようなものだ」【この働き掛けは小さくない】。
雲巌が「なるほど!分かった!!」と言った【知ったかぶりすんなよ】。
道吾が「どのように分かったのだ?」と聞いた【見逃しはしない、雲巌のことを捕まえようとしている】。
雲巌は「体中に手と目がついているという事だ」と答えた【手と眼がついていない処は無い】。
道吾は「うまく言ったが、まだ八割くらいだ」と言った【八割で十分だ】。
雲巌は「それならば道吾はどのように言う?」と聞いた【道理が優れていれば同意するつもりだ】。
道吾は「体中が手と眼だ」と答えた。【両者異なったところはない】。

頌に曰く。
一竅虚通(いっきょうきょつう)【竪に三際を究め】、八面櫺櫳(れいろう)【横に十方に遍し】。
象(しょう)無く、私無く、春、律に入る【時に応じて祐を衲る】。
留せず礙(げ)せず、月、空を行く【任運に前渓に落つ】。
清浄の宝目、功徳臂【前に顧み後を盻み東を拈じ西に掇す】。
遍身は通身の是なるに何似(いず)れぞ【分疎不下】。
現前の手眼全機を顕わす【賊賍已に露わる】。
大用縦横何ぞ忌諱(きき)せん【可不可無し】。

一竅虚通・・・竅は穴の事。自由に通れる穴。
月、空を行く・・・月喩経に出てくる語句。清浄にして無礙であること。
賊賍・・・盗賊が盗んだ品物。

現代語訳
全ての時間で隙間なく仏の作用が働いている。全ての空間で隙間なく事物が活用されている。
そこに物事の存在も、自己も無く、春を見た時に見る自己による春も無く、春が運ばれてきて春が活用される。
月は毎夜姿を変え、水面に必ず映る。
このように見れば観世音菩薩に余すことなく眼が備わり、手が具わるだろう。
雲巌の「体中に手と眼がついている」という言葉と道吾の「体中が手と眼だ」という言葉。どちらが正しくどちらが正しくないのか。
その手と眼は全ての働きによって現成し、隙間が無い。
その活作用は縦横自在に今この瞬間に現成する。

解説

今回は慈悲の話です。
慈悲と聞くと「相手に私が何かをしてあげる」という意味で使われます。行動であれ言葉であれ、思いであれ相手がいて自分が居て「してあげる」のが果たして慈悲なのか。慈悲をあらわす教えに我も他も無いところに施しが生れるとあります。この意味合いはなんでしょうか。
臨済録にこんな話があります。
麻谷という僧が臨済禅師に質問しました。「千手千眼の観世音菩薩は、どれが真の眼でしょうか。」
すると臨済禅師が逆に麻谷に同じことを問い返しました。「千手千眼の観世音菩薩は、どれが真の眼でしょうか。」
麻谷は臨済禅師を掴み説法の座から引きずり下ろして、自分が臨済禅師の坐っていた場所に坐りました。
臨済禅師は、下から「ごきげんよう」と挨拶しました。
麻谷が何か言おうとすると、今度は臨済禅師が麻谷を座から引きずり下ろして自分が再び説法の座に坐りました。
麻谷はさっさと出て行きました。臨済禅師も座を降りて出て行かれました。
という問答です。
教える立場と教わる立場という区分がある以上、そこに慈悲は生まれません。慈悲の菩薩であり、慈悲の眼と慈悲の手を使う観世音菩薩は眼と手を使う時、「私が使う」のではく、「相手の姿で現成し手と眼を使う」のです。
私という存在が居て、相手が居て何かをしてあげるのではなく、自己も他己も元から無いし見えない前提で相手の手を作用、活用していく。そこに我見も我執も無く、行為の結果を求める事も無い。
よく、してあげたから感謝されたいとか、してあげたのに結果悪態をつかれたと言って気分を悪くすることがある。しかし、観世音菩薩から見ればそんなことはどうでもいいのでしょう。

昔、永平寺西堂老師が慈悲心は「お役に立てれば幸いですくらいの距離間で」と言っていました。

第五十五則「雪峰飯頭」

従容録 雪峰飯頭 55則

第五十五則 雪峰飯頭(せっぽうはんじゅう)

衆に示して曰く:

氷は水よりも寒く、青は藍より出づ。
見は師に過ぎて方(はじ)めて伝授するに堪えたり。
子を養うて父に及ばずんば家門一世に衰う。 
且く道え、父の機を奪う者、是れ甚麼人(なんびと)ぞ。

父の機・・・父は師。師を超える。

現代語訳
氷は自ら出来ているが水よりも冷たい。
青は藍色から作られるが藍色よりも鮮やかだ。
弟子が師匠を超えていかなければ、その一派は衰えていく。
では、師匠を超えた弟子というのはどんな人か?

本則

挙す。
雪峰、徳山に在って飯頭(はんじゅう)と作(な)る【少(わか)くして努力せず】。
一日、飯遅し。
徳山、鉢を托げて法堂(はっとう)に至る【老いて心を欠(や)めず】。
峰、云く、「這の老漢、鐘未だ鳴らず、鼓未だ響かざるに、鉢を托げて甚麼(なん)の処に向かって去るや?」【孩児をして娘を罵ることを会することを得せしむ】。
山、便ち方丈に帰る【尽く不言の中に在り】。
峰、巌頭(がんとう)に挙似す【家返(そむ)き宅乱れる】。
頭、云く、「大小の徳山末後の句を会せず」【父、子の為に隠す、直きこと其の中に在り】。
山、聞きて侍者をして巌頭を喚ばしめて問う、「汝、老僧を肯(うけが)わざるや?」【油を潑(そそ)いで火を救う】。
巌、遂に其の意を啓す【人間の私語、天聞くこと雷の若し】。
山、乃ち休し去る【果然として不会】。
明日に至って陞堂(しんどう)、果たして尋常(よのつね)と同じからず【風に随って柁(かじ)を倒(さかさま)にす】。
巌、掌(たなごころ)を撫して笑って云く、「且喜(しゃき)すらくは老漢、末後の句を会す【家醜外に揚ぐ】。他後天下の人、伊を奈何(いかん)ともせず」【鼻孔甚として我が手裏に在るや】。

雪峰・・・雪峰義存(せっぽうぎそん)禅師(822~908年)。徳山宣鑑禅師の弟子。24則に出てくる。
徳山…徳山宣鑑(782~865年)。「臨済の喝、徳山の棒」と並び称された禅僧。荒々しい禅風の僧として知られる。14則に出てくる。
飯頭・・・台所を司る役職。典座の下に属す。
鉢・・・応量器。僧侶が持つ食事をする為の器。各々が自分の応量器を持ち僧堂か食堂へ行き食事を行う。
法堂・・・説法堂のこと。大衆が法を聞く為にあつまる堂。大講堂。現在は本堂がその役割を表すが、法を聞く僧侶はほぼ見られずハリボテと化している。
鐘未だ鳴らず、鼓未だ響かざる・・・食事の準備が整うと雲版という鳴らしものがなる。また行茶のように軽食の際は太鼓が鳴る。
巌頭・・・巌頭全豁(がんとうぜんかつ)禅師(828~887年)。徳山宣鑑(とくざんせんかん)禅師の弟子。22則などに出てくる。
大小・・・流石。
陞堂・・・上堂と同じ。高座に登り法を説くこと。
他後・・・他の日時。後日。

現代語訳
雪峰が徳山禅師のもとで食事係をしていた時のこと【まだまだ若く苦労を知らない】。
ある日、修行僧の食事の準備が遅れていた。
すると、徳山禅師が応量器を持って法堂の前を通った。
それを見た雪峰は「おい!この老僧、食事の合図がまだ鳴ってないのにどこに行くのだ!」と言った【子供の雪峰が母親の徳山を罵るのは育て方が悪いのか、それとも徳山はそれを喜んでいるのか】。
それを聞いた徳山禅師は黙って部屋へ帰っていった【一言も発しないところに徳山の無量の言葉がある】。
雪峰は兄弟子である巌頭にこのことを話した【告げ口は家を乱すぞ】。
巌頭は「流石の徳山禅師だ。仏法の真理を知らないと見える」【巌頭は雪峰の為に徳山禅師の真意を隠したのだろう】。
この巌頭の言葉は徳山禅師の耳にも入った。
徳山禅師は侍者を遣わして巌頭を呼びつけた。
そして「おい、師匠である私のことを『仏法を知らない輩』と言ったそうだな?」と言った【火に油を注ぐように事態は紛糾するぞ】。
そこで、巌頭は徳山禅師に真意を打ち明けた【人間の私語など雷の音のように意味など無い】。
それを聞いた徳山禅師は黙ってどこかに行ってしまった【徳山禅師の仏法は結局分からない】。
次の日、法堂にて徳山禅師の講義があった。しかし、徳山禅師の様子がいつもと違った。
これを見た巌頭は手をさすりながら笑い「ああ、良かった。徳山禅師もやっと仏法の真理が分かったようだ。これからは世界中の人々は徳山禅師の真理を捻じ曲げる事は出来ないだろう」と言った【徳山の真理はしっかりと手の中にあるぞ】。

頌に曰く。
末後の句会すや也(また)無しや【這裏会することを得ず、会せずんば腰を打折せん】。
徳山父子太(はなは)だ含胡(がんこ)す【外明らかにして裏の暗きことを知らず】。
座中亦江南の客あり【謂うこと勿れ秦に人無しと】。
人前に向かって鷓鴣(しゃこ)を唱うること莫れ【休得せんや】。

末後の句・・・仏道の究極。
含胡・・・口ごもる。明瞭な言葉ではない。また、二人で言葉を交わさなくても意思が通じるという意味。
鷓鴣・・・中国に住む鳥の名前。ここでは曲名。故郷を思い出させる曲といわれる。
賊賍・・・盗賊が盗んだ品物。

現代語訳
仏法の真理が分かるか?いやそんなものは無いだろうか?
徳山禅師と巌頭はただただ仏法の真理を言葉に出さずにいる【例え真理を口に出しても真理を見るこは出来ない】。
徳山禅師と巌頭の間に雪峰が割り込んできたが、余計な真理を知りたいなどの悩みを持ち出すなよ。

解説

末後の一句は「真理の言葉」とでも言っておきましょう
よく、真理とは?という話になると、「仏教は○○だ」とか「仏法の真理は○○だ」「天地いっぱいの命」「まるだしの仏性」とか意味わかんない表現で真理があるかのように話す人がいます。また、簡単に仏教を説明してください。悟りってなんですか?と聞いてくる人もいます。
答えは「分からない」です。これは仏陀が「無記(言語化できない)」と言ったからではありません。そもそも自分は仏陀でもなく、あなたも私ではない以上、何をテーマに仏道を行うのかという根本的なスタートが違い、誰にでも再現性のある修行があるのかということを証明できないからです。
仏陀自身も対機説法を行い、その人のテーマに沿って、その人の苦しみに沿って、その人の機根に沿って一緒に考え解決に向けたアドバイスをします。もし、全ての人が仏陀と同じテーマ同じ苦しみを持ち、ガウタマシッダールタの修行が再現性を持っていれば八万四千と言われるお経も意味を為さず、聖書のように一つの仏典があれば十分だったでしょう。
であれば、例え師匠と弟子であっても、完全に同じ生い立ち同じ苦しみ同じテーマを持っているとは言えず、あくまでも仏祖と師匠と仏を参考に、叢林の中で自らの仏道を組み立てていくしかありません。しかし、そこに「私が」という思いが組み込まれる隙間が在る前提で「私」を解体する実践を学ぶ必要があります。
自分勝手に修行を行ってはいけません。

この話で問題となっている末後の句は、そのテーマに沿った真理でしょう。
真理はあると言えばそれも間違いで、無いと言えばそれも間違いでしょう。
少し言い得る為に試みると「真理は在る。しかし1つではない。時と場合に応じて多数在る」とでも言っておきます。
真理という言葉を使う師家は往々にして宇宙の真理や真理の法則などと宣うことが多いように感じますが、科学をもってしても真理などはありえません。私もかつては生命科学(植物生理学)を専攻していましたが、科学ほど仮説に仮説を組み立てたあやふやなものはありません。
そのように仮説し、定説ととらえれば辻褄が合うくらいの温度感で科学は進んでいきます。

徳山禅師の上堂の内容も巌頭の真意もここでは記述がありません。それは徳山禅師の真理や巌頭の真理が重要ではないからでしょう。重要なのは、弟子が師匠を超えるということは、師匠のもとで学び仏道を歩み「私」という思いを解体し、その上で「私」と「対象物」をとの関係性を新たに再構築していくことでしょう。その再構築の土台は師匠から受け継ぎますが、土台の上に現成するものは師匠とは違うものになるでしょう。徳山禅師は巌頭を呼び出しその土台が分かったからこそ、無語の態度と常ならざる上堂を示したのでしょう。

第五十六則「密師白兎」

第五十六則 密師白兎(みっしはくと)

衆に示して曰く:

寧(むし)ろ永劫に沈淪(ちんりん)すべくとも、諸聖(しょしょう)の解脱を求めず。
提婆達多(だいばだった)は無間獄中に三禅の楽を受く。
鬱頭藍弗(うつづらんほつ)は有頂天上に飛狸(ひり)の身に堕す。
且らく道え利害甚麼(いずれ)の処に在るや。

提婆達多・・・仏陀の従弟。出家して仏陀の弟子になるが、厳しい律を提案し却下されたことをきっかけに仏陀のもとを離れた。その後、自身の教団が仏陀よりも人が集まらない事を妬み仏陀を殺害しようとした。殺害未遂の際に仏陀に血を流させたことで無間地獄に落ちた。仏陀はこれを憐み阿難(提婆達多の弟)を使いに出し救い出そうとしたが、提婆達多は「私は地獄にいようとも三禅天の楽しみがある」と答えた。
三禅・・・四禅定の第三。禅に四段階を設けた思想。
鬱頭藍弗・・・龍樹菩薩の著書「大智度論」に出てくる仙人。神通力を持っていたが、ある時、王宮で王の妃の手に触れたことがきっかけで神通力を失ってしまう。神通力を取り戻そうと努力したが、あと一歩のところで寿命が来て死んでしまう。毛の抜けたタヌキのような姿に生まれ変わったという。
飛狸・・・毛の抜けたタヌキとも、ムササビともいわれる。
有頂天上・・・非有想非無想天のこと。インドの思想である須弥山の頂上。天道界の頂上。

現代語訳
長い苦しみを感じながらも、その苦しみから逃れようともせずにいる。
仏陀の従弟である提婆達多は地獄の中にいても禅定の中にいると言いった。
これに対して、仙人の鬱頭藍弗は有頂天に昇っても落ちてタヌキになってしまった。
迷い苦しみの中で悟る者もいれば、悟りを求め迷い苦しむ者もいる。この違いは何であろうか?

本則

挙す。
密師伯、洞山と行く次いで、白兎子(びゃくとす)の面前に走過(そうか)するを見て、
密、云く、「俊なる哉」と【争奈(いかん)せん荒草裏を走ることを】。
山、云く、「作麼生(そもさん)」【汝が遅き事を怪しむ】。
密、云く、「白衣の相に拝せらるるが如し」【地より空に昇ることは易し】。
山、云く、「老老大大として這箇(しゃこ)の語話を作(な)す」【幾(ほとん)ど放過せんに】。
密、云く、「汝又作麼生?」【人に虎を害する心無ければ虎に人を傷つける意は無し】。
山、云く、「積代の簪纓(しんえい)、暫時落薄す」【空より放下することは難し】。

密師伯・・・神山僧密禅師(???~???年)。雲巌曇晟禅師の弟子。洞山良价禅師と20年に渡り共に修行をする。洞山禅師の弟子たちから敬意を込めて密師伯と呼ばれていた。
洞山…洞山良价(807~869年)。雲巌曇晟禅師の弟子。
白衣・・・色付きの衣を着ていない。つまり官位の無い一般人のこと。
相・・・宰相のこと。
積代の簪纓・・・簪纓は身分を表す簪。先祖代々続く高貴な身分という意味。

現代語訳
昔々、密師伯と洞山という仲良し修行仲間がいた。この二人は20年間もいつも一緒にいる。
ある日、密師伯と洞山が歩いていると一羽のウサギが目の前を横切った。
密師伯が「お!ウサギだ!!すばしっこいな~~~」と言った。
洞山は「どのくらい速く走ればすばしっこいのだ?」と聞いた。
密師伯は「一般人が急に総理大臣に抜擢されるくらい勢いがあればすばしっこいぞ」と言った。
速い速くないの二元を抜け出せていない様子を見て、洞山は「いい歳してまだそんなことを言っているのか~~(溜息)」と言った。
密師伯は洞山の意図が分からなかったので( ゚д゚)ポカーンとしていた。
そして「そんなに変なことを言ったかな~~。洞山はどこが変だと思ったの?」と聞いた。
洞山は「先祖代々国会議員を務めている家系も一瞬で没落するぞ!」と答えた。

頌に曰く。
力を霜雪に抗(くら)べ【貧なれば則ち独り一身を善くす】、歩みを雲霄(うんじょう)に平(ひとし)うす【達するときは則ち兼ねて天下を済う】。
下恵(かけい)は国を出で【苦瓠は根に連なって苦し】、相如(しょうじょ)は橋を過ぐ【甜瓜は帶に徹して甜(あま)し】。
蕭曹(しょうそう)が謀略、能く漢を成す【葵花日に向かう】。
巣許(そうきょ)が身心、堯(ぎょう)を避けんと欲す【柳絮風に随う】。
寵辱(ちょうじょく)は若(しか)も驚く、深く自ら信ず【悟は須らく実悟なるべし、参は須らく実参なるべし】。
真情跡を参(まじ)えて漁樵(ぎょしょう)に混ず【未だ霊亀の尾を曳くことを免れず】。

下恵は国を出で・・・下恵という人が真面目に仕事をしていたが出世できずに国を出た。
相如は橋を過ぐ・・・司馬相如という人は士官する時に、街の橋に「出世して高級な馬に乗れるようになるまでこの橋は渡らない」と書き残し、実際に出世して四頭の馬が引く馬車で橋を渡った。
蕭曹・・・蕭何、曹参という漢の王を補佐した二人謀略を使い漢の国を盛り立てた。
巣許・・・巣父、許由という二人は皇帝が位を譲ろうとしても受けず、逆に山奥に引っ込んでしまった。
寵辱・・・寵は心に合う事、辱は心に合わない事。迷悟、善悪、苦楽のような対比構造のこと。
霊亀の尾を曳く・・・亀は卵を産み上に砂をかけて隠すが、海へ帰る際に尾の後が残り結局卵の場所がばれてしまう。

現代語訳
洞山は雪や霜などの寒さにも耐えている【苦しい時は他人を救う余裕などない、自分をしっかりと保のみだ】。
密師伯は雲の上を歩くように超越している【立身出世すれば天下を救うだろう】。
かつて、努力が認められず会社を辞めた人もいた。逆に、滅茶苦茶出世した人もいた【うまくいかない時は、何をやってもうまくいかない。うまくいくときは流れに乗ってとことんうまくいく】。
王様を支え国を盛り立てた二人がいた。逆に、出世を自分から辞退する人もいる。
誰かに認められ、誰かから批判されるのは世の常である。そのことに皆心を乱されていく。洞山は不動の自己の心こそ重要と説いた【思い通りに行くことも、思い通りにいかない事も、いつまでも続きはしない】。
善きも悪きも分別、判断を断ち切っていく。それこそが迷いの中に悟りがあるということだ。何事もうまくいき悟ったと思えば迷いとなる。

解説

「すばしっこい」という言葉からの問答でした。速いから良い!ということでもなく、逆に遅い方が良いこともない。速くても遅くてもそれぞれが、そのままの動きであるということです。
上があるから出世があり、下を見るから没落がある。
ただ、上に昇るのも脱兎のごとく、没落するのも脱兎のごとくです。
友達が多い方が人生が豊かになるなんてとんでもない勘違いです。常識的な人間がより良い人生を歩めるなんて根拠はありません。お金を沢山稼ぐ人が偉いなんて滑稽もいいところです。
うまく言っている時、その状況すらも煩悩を生み、苦しみを生む因果であると分かっていても、上手くいくときが続かないと分かっていても、この健康な体がいつまでも続かないと分かっていても、我々はそれに固執してしまう。上手くいっているとき程、何かを手放すことの方が難しいのです。

昭和の初期は全員が井戸水を使い、洗濯物は川に行って行っていました。そのことに対して国に不平不満をいう人はいません。
今はどうでしょうか。「明日から水道水を止めます。」と国が発表すれば大騒ぎです。すぐ内閣総辞職に追い込まれます。井戸水生活からインフラが整い全員水道水を使えるようになるまでたったの数十年。人類史からみればあっというまです。そのたった数十年も前に下ることが受け入れられないでしょう。ガスも電気もネットも。ネット環境などほんとに数年前までありませんでした。便利なものが有る無いも断ち切り心安らかに生きていく為の問答でした。

第五十七則「厳陽一物」

第五十七則 厳陽一物(ごんよういちもつ)

衆に示して曰く:

影を弄して形を労す、形は影の本たることを識らず。
声を揚げて響きを止む、声は是響きの根なることを知らず。
若し牛に騎(の)って牛を覓(もと)むるに非んば、便ち是楔(けつ)を以て楔を去らん。
如何が此の過ちを免れ得ん。

現代語訳
影は形によって現れる。形は影が自分によって現れていることを知らない。人はその影を捉えようとして心を煩わす。
音に煩わされているのに「うるさい!」と声を上げる。それによって更に音に煩わされる。音が自身の声によって現れることを知らないからだ。声を出すのではなく黙って耳をふさぐしかないのに。
それはあたかも、牛に乗って牛を探し求めているようなものであり、メガネを額にかけているのにメガネを探しているようなものだ。
「私が煩わされている」のではなく「私が煩っている」のに、この過ちに気付かない。では、この過ちに気付くにはどうしたら良いか?

本則

挙す。
厳陽(ごんよう)尊者、趙州に問う、「一物(いちもつ)不将来(ふしょうらい)の時如何?」【猶是分外】。
州、云く、「放下著(ほうげじゃく)」【貼体の衣衫、須らく脱却すべきことを会せよ】。
厳、云く、「一物不将来、箇の甚麼(なに)をか放下せん」【人は己が過(あやまち)を知らず、牛は力の大なることを知らず】。
州、云く、「恁麼(いんも)ならば則ち担取し去れ」【喚べども頭を回らさず、争奈何(いかん)せん】。

厳陽尊者・・・厳陽善信(???~???年)。趙州従諗禅師の弟子。
趙州…趙州従諗禅師(778~897年)。南泉普願禅師の弟子。9則、18則、39則に出てくるレギュラーメンバー。
放下著・・・打ち捨ててしまえという意味。著は語気を強める言葉。
貼体の衣衫・・・体に貼り付いている衣。つまり肌襦袢のこと。

現代語訳
厳陽尊者が師匠である趙州禅師に「物も認識も自我意識も何も持っていない状態というのはどのような状態でしょうか?」と聞いた【無意識という意識を持っているのに気づかないのか】。
趙州禅師は「そんなものは捨ててしまえ!!!」と言った【体に貼りついている襦袢すらも捨てて裸になれ】。
厳陽尊者は「何も持っていないので捨てられません」と言った【自分の過ちは自分では気付かないものだ。牛は力があるから荷物を牽かせられるが、牛はそのことを知らない】。
趙州禅師は「捨てられないならば、担いでいけばよかろう!!!!!!!」と言った。

頌に曰く。
細行は防がず、先手に輸(ま)く【黒白未だ分かたざる前、猶是正中偏】。
自ずから心麁(そ)を覚り、撞頭(とうとう)を媿(は)ず【虎口裏に子を下す】。
局破れば腰間斧柯(ふか)爛(ただ)る【且く道え如今甚麼(なん)の時節ぞ】。
凡骨を洗清して仙と共に游ぶ【頭軽く眼明らかなり】。

細行・・・囲碁の注意深い打ち方を言う。ここでは用意周到で繊細な行為を指す。
先手・・・勝負事で相手の機先を制して勝つこと。
輸く・・・負ける事。
黒白未だ分かたざる前・・・碁石の白黒のこと。厳陽が一手も指さないうちから負けているということ。
撞頭・・・囲碁の用語でぶつかるという意味。
子を下す・・・子は碁石のこと。虎の口へ碁石を打ったように危ないということ。
局破れば腰間斧柯爛る・・・昔、王質という木こりが山に入っていくと4人の子供が囲碁を打っていた。王質はそれをずっと眺めていた。すると子供が飴みたいなものをくれた。それを食べていたら腹が減らなくなった。1人の子供が「王質さん、あなたの斧の柄が腐っています」と言います。王質は長い時間が過ぎていることに気付き、慌てて家に帰えると何十年も経っており、知っている村人は全員亡くなっていた。
浦島太郎のような話。29則にも出てくる話。ここでは、趙州と厳陽との一局が斧が腐るくらいの目の離せない対局であったことを示している。

現代語訳
厳陽尊者の「何も持っていない」という言葉には「持っていない」という認識が残っていることを見逃していた。だから趙州禅師に先手を打たれてしまった【勝負の前から負けが見えている】。
厳陽尊者はとんでもない悪手を打ってしまったと後悔したことだろう。
この対局は見事なものだ。厳陽尊者と趙州禅師は煩う自己を捨て去る修行を共に歩めるだろう。

解説

原因自分論とでもいいましょうか。よく思い通りにいかないのは誰かのせいであると思い、心を疲弊させ、他人を変えさせようとしたり過去の出来事を持ち出し当たり散らす人がいます。
誰かに何かを言われても、赤ん坊の意味不明な言葉のように自己が言語を判別しなければ心も動くことがありません。心を乱す文字を見ても、虫食いの跡のように文字かどうかも分からない線を見ても心が動かないように認識作用が無ければ何もおこりません。

心を乱されるとき、対人関係でうまくいかないとき、相手を変えるのではなく、自分を変えるしかありません。もちろん納得いかない理不尽なこともあるでしょうし、どうする事も出来ないよ!と思うこともあります。
これは自分が悪いとか相手が悪くないという話をしているわけではありません。悪い悪くないではなく、心の乱れの原因の話をしているのです。
DVを受けている人が、パワハラを受けている人が、自分が悪いんだ自分がいけないんだと思い、その環境から抜け出せず自己否定していくこととは大きく違います。
その環境に身を置き、変えられない部分に目を向けすぎていないかよく観察し、冷静に合理的に物事を見ていただければと思います。
頭が良さそうな人間という動物は決して合理的な生き物ではありません。何かの原因を探すときに、「合理化したい」だけの生き物です。影は自分の姿で映るはずなのに、合理的に考えればわかるはずなのに、自分の姿が影になっていることを分かっていないのです。

第五十八則「剛経軽賤」

第五十八則 剛経軽賤(ごうきょうきょうせん)

衆に示して曰く:

経に依って義を解するは三世仏の冤(あだ)。
経の一字を離るれば返って魔説に同じ。
因に収めず果に入れざる底の人、還って業報を受くるや也(また)無しや。

現代語訳
お経の言葉によって仏道を理解しようとするのは過去現在未来の仏が作った落とし穴だ。
といってもお経の文字を離れて仏道を歩もうとするのも外道の者となってしまう。これもまた落とし穴だ。
因果の法則に縛られず、因果を超えていける人がいるのならば、文字に触れる事も文字に縛られない事も出来るだろうか。

本則

挙す。
金剛経に云く、
「若し人の為に軽賤(きょうせん)せらるれば【我を糞中の虫と作す】、是の人先世の罪業ありて応に悪道に堕すべきに【老僧最先に入らん】、
今世の人に軽賤せらるるを以ての故に【叢林の驢騾、龍象を蹴踏す】、先世の罪業即ち為に消滅す」【甚麼に処に去るや】。

金剛経・・・金剛般若波羅蜜経。玄奘三蔵の訳した大般若経にも出てくる。ここでは鳩摩羅什訳の経典を取り上げる。

現代語訳
金剛経にこのような文がある。
ある時、須菩提(しゅぼだい)が仏陀に質問した。「どうやって心の乱れを静めれば良いですか?」
仏陀が答えた。「あらゆる生き物に対して一切の我見を捨てれば心が乱れる事は無い。しかし、それでは不十分である。『生きている物』と見る事も我見であるからだ。もし我見を持って見るのならばそれは菩薩(修行僧)とは言えない。」
さらに続けた。「須菩提よ、全ては虚妄である。全ての物事に実体は無いと見る時、如来となる。」
須菩提が「仏陀よ、その話を聞いて多くの衆生は理解できるでしょうか?また、500年後などの世界で理解できる人はいるでしょうか?」と聞いた。
仏陀は「立派な人たちは理解できるだろう。しかし、立派な人がこの教えを取り上げて、記憶し、唱え、理解し、十分に参究し、他の人々に説いて聞かせた時、立派な人が批判されることがあるだろう。この時は、立派な人も過去の悪業が必ずあり、その報いによって非難されると思いなさい【愚かな驢馬が立派な龍を蹴飛ばす事などよくあることだ】。しかし、その非難されることによって償いとなり、仏陀となることができる【罪が無くなるというのなら、その罪はどこにいったのだろうか、過去か未来か】。そのように時代を重ね教えを参究し教えを繋いでいくならば、後の世の福徳の積み方は何十倍、何百倍にもなるだろう。」

頌に曰く。
綴綴(ていてい)たり功と過と【唯除く頓覚の人】。膠膠(こうこう)たり因と果と【并(なら)びに法随順せざると】。
鏡外狂奔す演若多(えんにゃた)【脚下煙を生ず】。杖頭撃著す破竈堕(はそうだ)【百雑砕】。
竈(そう)、堕破(だは)して【霊何れより生ずるや、聖何れより至るや】、来って相賀すれば【伏して惟(おもん)みれば堕儸】、却って道う従前我に辜負(こふ)すと【何ぞ早く道わざる】。

綴綴・・・長く連なる。
膠膠・・・固く結びついている。
演若多・・・毎朝鏡を見ていた演若多という人がある日鏡に自分の顔が映らなかった。驚いた演若多は発狂して城中を走り回った。
破竈堕・・・山の上に古い竈があって、それに年に一度生贄を捧げなければいけないと言われていた。そのことに人々は迷惑していた。ある和尚が山に登って「壊れかかったレンガの癖に、生贄をとるとは何事だ!!」と言って杖で竈を破壊した。
百雑砕・・・すべて粉々。
堕儸・・・儸は本来りっしん徧。堕落。大恥をかいてしまった。
辜負・・・背くという意味。

現代語訳
功徳と過ちは長く連なっている【目覚めた人はこれに当たらない】。原因と結果は固く結びついている【原因と結果に捉われてはいけない】。
それ故に、迷い心が乱れ、鏡に自分が映らなかったと発狂した人のようになってしまう【顔が映らないだけでなく足も映らないだろう】。
故事に曰く、山の上に古い竈があって、それに年に一度生贄を捧げなければいけないと言われていた。そのことに人々は迷惑していた。ある和尚が山に登って「壊れかかったレンガの癖に、生贄をとるとは何事だ!!」と言って杖で竈を破壊した。
このレンガもただの瓦と泥の接合である【和尚が粉々に砕いたぞ】。
続きの話で、青い着物を着た人が和尚にお礼を言ってきた。すると和尚は「本来、何の特徴もない物を粉々にしようとも特徴の無い事に変わりはない。お礼を言われる筋合いもない」と言った【お礼を言って恥をかいてしまった】。
青い着物の人は我見によって竈を見ていたことを理解した。

解説

もう少し詳しく金剛経の内容を記しておく。
ある時、須菩提(しゅぼだい)が仏陀に質問した。「どうやって心の乱れを静めれば良いですか?」
仏陀が答えた。「あらゆる生き物に対して一切の我見を捨てれば心が乱れる事は無い。しかし、それでは不十分である。『生きている物』と見る事も我見であるからだ。もし我見を持って見るのならばそれは菩薩(修行僧)とは言えない。」
さらに続けた。「須菩提よ、全ては虚妄である。全ての物事に実体は無いと見る時、如来となる。」
須菩提が「仏陀よ、その話を聞いて多くの衆生は理解できるでしょうか?また、500年後などの世界で理解できる人はいるでしょうか?」と聞いた。
仏陀は「戒を持ち、全ての生き物と物事に敬意を持ち生活し、智慧のある求道者は理解できるだろう。なぜなら、優れた人には自我という思いは起こらないし、生存する物という思いも起こらない、個人という思いも起こらないからだ。また物であるという思いも、物で無いという思いも起こらないからだ。また、求道者は法を取り上げてもいけないし、法でないものも取り上げてはいけない。このことをイカダの例え話で話したことがある。」
〖~筏の喩~
スッタニパータ・ダニヤ 
仏陀は言った「頑丈に結び作られた筏がかつて存在していた。渇愛の思いを取り除いて激流を超え彼岸に到った。もはや筏に意義は見出せません」と。〗
「この筏の例えを理解できるものは法さえも捨てなければならない。ましてや法でないものも捨てなければならない。」
須菩提が仏陀に答えた。「如来の悟りというものは無いということですね。如来が示された悟りと法を認識することもできないし、口で説明することも出来ないからです。それは法でもなく、法でないものでもありません。なぜなら、諸仏は何かの特徴を持つものでは無いからです。」
仏陀が言った。「須菩提よ。立派な人がこの教えを取り上げて、記憶し、唱え、理解し、十分に参究し、他の人々に説いて聞かせた時、立派な人が批判されることがあるだろう。この時は、立派な人も過去の悪業が必ずあり、その報いによって非難されると思いなさい。しかし、その非難されることによって償いとなり、仏陀となることができる。そのように時代を重ね教えを参究し教えを繋いでいくならば、後の世の福徳の積み方も何十倍、何百倍にもなるだろう。」

以上であるが、金剛経はとても長い経典であり、全文を訳すと本が一冊出来てしまいます。中村元著の金剛経訳を参照してください。

お経の内容を信じて、文字を拠り所としても仏道とは呼べないという内容です。聖書にこう書いてあります。とか立正安国論にこう記されていますと布教する人がいますが、「そうですね。書かれていますね。で?だから?それが何?」と言われれば、「それは文字であり文字で有ある以上誰かが書いた主観的感想文です。」で終わりです。
我見を離れ、何事にも有する相(特徴)が無いと説く般若経典において、我見を持って説く以上、全て間違いです。
間違いであるからこそ、文字に頼って仏道だと認識してはいけません。また、内容を参究せずに、只自分の感覚のみに頼っても仏道とはいえません。
よく、お寺の経営は~~、僧侶たるもの~~と言う人が散見されますが、そこに経典に基づいた参究があるのか、師匠から示された法の参究があるのかよく考えていただきたいと思います。その上で寺マルシェや樹木葬やお坊さん便などをやる分にはその人の仏道(正誤を問わない)でしょうから、徹底的に歩んでいただきたいと思います。

第五十九則「青林死蛇」

第五十九則 青林死蛇(せいりんしじゃ)

衆に示して曰く:

去れば即ち留住(りゅうじゅう)し、住すれば即ち遺去(けんこ)す。
不去不住、渠(かれ)に国土無し。
何れの処に渠に逢わんや。
在在処処、且(しばら)く道え、是甚麼物(なにもの)か恁麼(いんも)に奇特なることを得るや。

現代語訳
「歩く人」がさらに歩くことは無い。「留まっている人」がさらに留まる事も無い。
「几帳面である自己」も「親である自己」も「坐る自己」も改めて几帳面になることも、親になる事も、坐ることもない。では、「自己」とはどのような性質を持ち、どのように表現される存在なのか。
去るという性質も無く、留まるという性質も具えていない人をどのように表現するのか。なんの性質も持たない人をどのように言語で表すのか。
表現できない恁麼(このようなもの)という存在はとても不思議で奇妙なものだ。それをどのように認識していこうか。

本則

挙す。
僧、青林に問う、「学人径(こみち)を往く時如何?」【歩を挙ぐれば即ち迂廻す】。
林、云く、「死蛇大路に当(あた)る、子(なんじ)に勧む当頭(とうとう)すること莫れ」【曽て毒を著くるに慣れる】。
僧、云く、「当頭する時如何?」【汝に大胆を許す】。
林、云く、「子が命根を喪す」【果然】。
僧、云く、「当頭せざる時如何?」【怎(なん)ぞ只汝に由(よ)らん】。
林、云く、「亦回避する処無し」【築著磕著】。
僧、云く、「正に恁麼の時如何?」【且く著忙すること莫れ】。
林、云く、「却って失せり」【是死蛇なりと雖も弄することを解すれば也活かす】。
僧、云く、「未審(みぶかし)、甚麼(なん)の処に向かって去るや?」【信ぜずば懐を捜れ】。
林、云く、「草深うして覓(もと)むる処無し」【頭上漫漫、脚下漫漫】。
僧、云く、「和尚も也須らく堤防して始めて得べし」【廻り来たれ】。
林、掌を拊して云く、「一等に是箇の毒気」【将に謂えり候白と、更に候黒有り】。

青林・・・青林師虔(せいりんしけん)禅師(???年~904年)。洞山良价禅師の弟子。
死蛇・・・命取りの蛇。毒蛇。
当頭・・・ぶつかる。
築著磕著・・・いたるところでぶつかる。
頭上漫漫、脚下漫漫・・・上も下もどこに行ってもぶつかってしまってどうする事も出来ない。
堤防・・・さえぎる、ふせぐ。
候白と、更に候黒有り・・・40則の雲門白黒に出てくる。上には上がいる。

現代語訳
ある僧侶が青林禅師に質問した。「真っすぐ仏道を歩むときの心構えを教えてください。」【一歩でも歩めば回り道になるぞ】。
青林禅師が答えた。「真っすぐ進むと毒蛇に出くわすぞ!咬まれないように気を付けろ!!」【青林禅師も咬まれた経験があるのだろう】。
僧侶がさらに質問した。「その蛇に出くわしたらどうなるのですか?」【大胆に聞いた】。
青林禅師が答えた。「間違いなく命を落とすぞ」【当たり前だ】。
僧侶がさらに質問した。「ぶつからないように避けて通った時は大丈夫でしょうか?」【毒蛇は自己の認識によって存在しているぞ】。
青林禅師が答えた。「避けて通れるほどの幅なんか無いだろう」【どこを通っても蛇にぶつかる】。
逃げ道はないと言われ焦った僧侶はさらに質問した。「では毒蛇を毒蛇と認識しない時はどうでしょうか?」。
青林禅師が答えた。「あっ!毒蛇がいなくなったぞ!!」【毒蛇といえど扱い方で活かすこともできる】。
僧侶が聞いた。「それは不思議ですね。毒蛇はどこへ行ってしまったのですか?」【疑問に思ったら自分の懐を探してみろ】。
青林禅師が答えた。「草がボウボウで、もう見つけられないよ」【上も下も右も左も探してもいないよ】。
僧侶が「それは大変ですね!青林禅師も私も草の根をかき分けて毒蛇を探さなければ!!」と言った【言い返されてしまった】。
青林禅師はこれで解決と言わんばかりに手を打ち「私も君も蛇の毒に当てられてしまったな~」と言った【上には上がいる】。

頌に曰く。
三老、暗に柁(かじ)を転じ【夜壑(やがく)に舟を蔵す】、孤舟、夜、頭を廻らす【澄源に棹を著く】。
蘆花両岸の雪【自他玄契】、湮水一江の秋【上下冥通】。
風力、帆を扶けて行いて棹ささず【流れに随って妙を得】。
笛声、月を喚んで滄州に下る【任運に前渓に落つ】。

三老・・・船頭のこと。ここでは青林禅師。
滄州・・・蓬莱島のこと。

現代語訳
青林禅師が夜に舟を漕ぎ暗闇の中で目を凝らして四方を見ている【真っ暗だ。暗くて見えないが水が澄み渡り川底が見える】。
芦の花が咲き乱れ両岸は雪のように真っ白だ【両岸とも同じで右も左も分からない】。霧がかかり先が見えない一色に染まる秋の河【上も下も分からない】。
風の力で進み舟に棹はいらなさそうだ【流れに随って進む舟がある】。
何の意味もない口笛を吹きながら月を呼び、仙人が住む場所へ向けて漕いでいく【月も舟も流れに任せて進み渓に落ちていく】。

解説

この59則は多くの解説本を読むと師家(指導者)が修行僧に指導するときの事柄をテーマにしていると書かれています。
私はそのように読みません。万松行秀禅師がどのような意図で示したのか分かりませんが、示衆を読むと最初に「去る」「住す」という語があり、次に「不去不住」がある。中国の祖師方の公案を読むとよく去来住行という言葉が出てきます。曹洞宗で参究されっる「宝鏡三昧」(洞山良价禅師著)にも「不去不来(ふこふらい) 不起不住(ふきふじゅ) 婆婆和和(ばばわわ) 有句無句(うくむく) 終不得物(ついにものをえず) 語未正故(ごいまだただしからざるがゆえに)」とあります。これは、龍樹の中論にも記述される「ある物」を概念化するときに、あらかじめ○○が在って、それが△△という機能(動き)を持っていると錯覚するという作業を行っていることを示している。また般若経典にもある不増不減不生不滅のように、その存在は去る事も無く、来ることもなく、存在が起こることも無く、存在が存続(住)し続けることも無い。ということである。自分に関係なく存在があるわけでなく、自我意識と対象物との関係性が結ばれた瞬間のみ存在が確立する。
「道に石ころがある」と言った時に、石ころを認識する前から石ころが道に在って、その在った存在である石を私が認識したというのは間違いであるということです。そうではなく、石ころを「イシコロ」という言語で概念化するという行為を以てその瞬間に石ころが現成します。「イシコロ」が現成した始まりがあるのだから、「石ころがある」という言葉は成立しないことになります。同様に「石ころが転がる」という現象も転がることを認識した瞬間に「転がる石ころ」が現成するため。その「転がる石ころ」が改めて転がることは無いのです。そして「転がる石ころ」という条件付きの存在様式を常に一定の言語で固定化しようとするのは不可能です。「止まる石ころ」「割れる石ころ」「マンホールに乗る石ころ」と存在様式の始まりと終わりが絶え間なく押し寄せ、自我意識が「その物」を認識する以上それが続くからです。
なので宝鏡三昧では、赤ちゃんの「あー、だーだー」という意味に無い言葉(婆婆和和(ばばわわ) 有句無句(うくむく))に勝手に意味を持たせているように正しくない言葉(言語化作業)で「その物」の存在を正確に表せることはあり得ないと言います。

そして、示衆では渠という言葉が出てきます。「かれ」と読みますが、「彼」「伊」「汝」「爾」と二人称、三人称を表す単語が多く登場します。この渠という漢字は宝鏡三昧で使われます。その使われ方を見てみます。「如臨宝鏡(ほうきょうにのぞんで) 形影相観(ぎょうようあいみるがごとし) 汝是非渠(なんじこれかれにあらず) 渠正是汝(かれまさにこれなんじ)」。我々は鏡を見るように存在の在り様をそのまま認識出来ない。もし認識できるのであれば写真のように見たままを描くことができるし、モリヌークス問題などの研究テーマも存在しません。そのうえで汝は渠ではないという言葉が続くのであれば、「渠」は三人称の彼でないことは明らかです。汝も渠も本来同一と認識される「自己」ということになります。その自己を「自分探し」や「本来の自己」や「客観的な自己」のように錯覚(概念化)させられて見ている。五感を具えてる赤ちゃんが鏡を見てもそれが自己だと分からないのに、成長し大人になると、まるで「○○である私」が存在しているかのように錯覚してしまう。

この「不去不住」「渠」という語句を前提に示衆を読むと前述の現代語訳となる。そこに師家が修行僧に指導するというような内容は見られない事になる。この読み方が正しいとは言えないが、この読み方でも一貫した読み解きが出来るだろうと思います。

さて本則を読んでいきます。
仏道を歩むうえで何があるのか?と僧侶が質問します。すると青林禅師が「命に係わる蛇が出るぞ」と言います。大袈裟ですが命とは生死また人生、安心にかかわることでしょう。
仏道を仏道であると実体視、概念化すると「仏道」「非仏道」という蛇に咬まれるぞということです。または「悟り」と「迷い」という概念とも言えます。
「私が悟る」という認識を持ち、悟る為に歩む仏道はそもそも「私」も「悟り」も言語で説明ができないと成立しません。しかし、仏道の縁起に照らし合わせれば「私」も「悟り」も概念化言語化出来ない縁起される存在である。その為、「悟る」や「仏に成る」道では蛇が出て仏道を歩めなくなってしまうということです。
では、その蛇を迂回する術があるのか?と僧侶が聞きます。青林禅師は「迂回の道は無い」ときっぱりと否定します。
すると僧侶が「道が無いのであれば毒蛇を見ないという選択肢をとる」というのです。見ない為には歩まなければ良いのでしょうが、歩まないということではなく、認識しないことを示します。つまり「私」も「悟り」も存在しない前提で歩むということです。
青林禅師は「それならば蛇はいないな」と言います。僧侶もここで終わればいいのに「蛇はどこに行ったのでしょう?」と聞きます。
「居る」「居ない」を論じれば、概念として在る前提の話になってしまいます。青林禅師は「草に隠れて見えない、居ない」と言います。
青林禅師は蛇を「居る」「居ない」で語るしかなくなってしまって一本取られたわけです。僧侶に「じゃあ探せば居るね」と言われてしまう。
この問答の最後が蛇の概念化で終わってしまったので、青林禅師も僧侶も蛇の毒(概念・言語)をくらってしまったと言い手打ちにします。

この話にあるように、悟りも仏道もよく分からないのです。釈尊が道元禅師がそうしたから、その通りにすれば悟れる、仏道になるかどうかは分かりません。
時代も、思考回路も、自己のテーマも、苦しみの種類も違えば真理も変わるでしょう。仏陀も無くなった時に律(僧団の決まり)を皆で話し合い変更することを勧め、道元禅師も基本軸を示しながらも、そこに基づいて瑩山禅師や歴代の祖師が改変していきます。
重要なのは師の言葉は心を空っぽにして聞き、受け止め、実践し、その上で自身に問いかけ絶対性を持たせないことでしょう。絶対性を持つとカルトになってしまいますから。

第六十則「鉄磨牸牛」

第六十則 鉄磨牸牛(てつまじぎゅう)

衆に示して曰く:

鼻孔昻蔵(びくうこうぞう)、各(おのおの)丈夫の相を具す。
脚跟牢実(きゃっこんろうじつ)、肯えて老婆禅を学ばんや。
無巴鼻(むはび)の機関を透得せば、始めて正作家(しょうさっけ)の手段を見ん。
且らく道(い)え誰か是其の人。

鼻孔昻蔵・・・立派な鼻の穴。威厳が備わっているという意味。
脚跟牢実・・・地に足がしっかりついている。どっしりしている。
老婆禅・・・懇切丁寧な指導の禅。
巴鼻・・・牛の鼻についている輪。
正作家・・・力量のある指導者。

現代語訳
鼻は縦についており、眼は横についている。自分の鼻で呼吸をして、朝起きて、食事をして、しっかり寝る。これだけで立派な人間としての役割を果たしている。
足は地面を踏み、足を前に動かせば歩くことができる。前に進み、後ろに退き、横になり、坐ることが出来る。あえて丁寧な仏道の指導がなくても立派に生きていく事が出来る。
最終的には誰からも指導されること無く日常底を仏道に則て歩むことが出来れば、その日常が悟りとなる。
さて、そんな日常の行いが悟りとなる人は誰であろうか?

本則

挙す。
劉鉄磨(りゅうてつま)、潙山(いさん)に到る【相見已に了る】。
山、云く、「老牸牛汝来るや」【蜂を撩り蠍を剔く】。
磨、云く、「来日、台山に大会斎あり、和尚還って去らんや」【気毒煙火燃えるがごとし】。
山、身を放して臥す【半路に身を抽く】。磨、便ち出で去る【一撥すれば便ち転ず】。

劉鉄磨・・・劉は名字。鉄磨は鉄の臼で力強くすり潰す力量のあることから呼ばれた渾名。潙山霊祐禅師の弟子。尼僧。潙山から40kmくらい離れた場所で修行している。弟子とはいえ男女が同じ場所で長く修行することはないのであろう。
潙山・・・潙山霊祐禅師(771~853年)。百丈懐海禅師の弟子。潙山に寺を開いて欲しいと百丈禅師に依頼があり弟子の霊祐が赴いて潙山禅師と呼ばれるようになった。
老牸牛・・・老いた雌の牛。おいぼれという意味。自分の弟子なので、そう呼んでいたのだろうか。また、潙山禅師は自分の事を水牯牛と言っていたので、こう呼んだのか。
台山・・・五台山。山西省にある山。10則にもでてくる。潙山からの距離は1400kmほど。
大会斎・・・盛んな供養会。ここでいう供養は先祖供養ではなく、僧団への食事の大規模な布施を指す。

現代語訳
ある時、劉鉄磨が潙山禅師の寺まで40㎞の道のりを歩いて来た。
潙山禅師は「老いぼれがやって来たぞ」と言った【弟子といっても油断してはいけない。危険は先手を打って避けなければ】。
劉鉄磨が「明日、台山で盛大な食事の供養がありますが、師匠は行かれますか?」と平然と聞いてきた。台山までは1400kmも離れている【ものすごい毒を吐いた】。
すると潙山禅師は行くとも行かないとも言わずに、その場でごろんと横になって寝てしまった【行く行かないの二つの選択肢のどちらも取らない】。
劉鉄磨はそのままどこかへ行ってしまった。

頌に曰く。
百戦功成って太平に老ゆ【家を安じ業を楽しむ】。
優柔誰か肯(あ)えて苦(ねんご)ろに衡(こう)を争わん【饒人是癡にあらず】。
玉鞭金馬(ぎょくべんきんば)、閑に日を終う【有りと雖も無きが如し】。
明月清風一生を富む【受用不尽】。

衡を争わん・・・衡とは車の軸の横木のこと。どのくらい車を引いたかを争う事。
饒人是癡にあらず・・・饒州の人は土地に恵まれ作物がよく採れ、温和な人たちが多い。その為、愚鈍な人が多いと思われがちだがそんなことは無い。
玉鞭金馬・・・宝石をちりばめた鞭と金の装飾をした馬。

現代語訳
潙山禅師と劉鉄磨の応酬は何度も問答をした師匠と弟子だからこその趣きがある【修行道場も安泰で滞りなく修行に励める】。
百戦錬磨の将軍も老いて柔らかくなっていく。老いた潙山禅師と劉鉄磨も同様に駆け引きなど忘れてしまったかのようだ【馬鹿に見えて馬鹿ではない】。
老将軍も平和な世であれば、戦時に用いた鞭も鞍も置いて簡素な日々を送っている【武器が倉庫に有ると雖も使わなければ無いのと同じ】。
何気ない明るい月も、どことなく吹く風も気持ちの良い生涯を送る風情となる【無尽蔵の有難さがある】。

解説

十牛図という修行の段階を表す絵がある。内容を少し紹介する。
尋牛・・・自己とは何か、人生とは何かを探し求め旅を始める図。牛は本来の自己を現す。まだ牛は見つかっていない。
見跡・・・お経や僧侶に出会って本来の自己のヒントが見つかっている。牛の足跡は見つかったが、牛はまだ見えない。
見牛・・・牛を発見した。本来の自己とはこれだ!!と分かった。
得牛・・・牛を捉えようと必死になる。本来の自己を捉え、習得しようとする。しかし、上手く操れない。
牧牛・・・常に自己を整えようと修行しついには制御出来るようになる。牛は大人しく従う。
騎牛帰家・・・心の平安が得られれば、牛飼いと牛は一体となり、牛を御する必要もない。手綱も持たずに牛に乗ることが出来る。
忘牛存人・・・牛を飼いならし、牛と一体となって平穏な家に帰って来た。平穏な家では昔必死に探し求めていた牛のことなどすっかり忘れ、牛もいつの間にか居なくなっていた。
人牛倶忘・・・牛を捉まえようとした理由を忘れ、捉まえた牛を忘れ、捉まえたことも忘れる。忘れるということもなくなる世界。その世界では何も描かれない。
返本還源・・・ただそこに風景が在るだけ。自己が認識するということも無く、何かが認識されることも無く、ただ恁麼(そのようなもの)がそこに在るだけ。
入鄽垂手・・・何も認識しない世界で生存することは不可能。世俗に入り世人に交わり生きていく。

チベットにはこれと同じ十象図があります。一番の違いは猿が描かれている事です。
猿は仏教学用語では「棹挙(じょうこ)」といい、慢心を表しています。猿が段々と黒が白になってくるというのは、その高ぶった心が収ってきていることを表します。あるところからは猿がいなくなり、心が平穏な状態になっていることが示されています。

今回も牛という単語が使われています。潙山禅師が十牛図をヒントに話しているかは分かりませんし、十牛図の書かれた時代もよく分かっていません。しかし、通じるところがあります。
潙山禅師も弟子も牛を探し求めるほどの心の乱れも自己への執着も無いのでしょう。であれば、「老いぼれの牛」と言われようが、有り得ない距離への問いかけも、寝転がるという行為にも何も反応せず、何も議論せず心安らかなに何事もなかったかのように終わるのでしょう。
この二人に牛を探す意味も、牛を制御する意味も、懇切丁寧な修行の指導も無用の武器でしょう。

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