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従容録の自己流解説「91則~100則」

さて、従容録の第91則から100則を読み解いていきます。
1則から10則まではこちら 「従容録1則~10則」
11則から20則まではこちら「従容録11則~20則」
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以下の点を読み解いていく為の軸とします。
1,自己の本質や自己そのものが単一で存在しない
  これは、自己の存在認識が二元論的に自分と他人の対比による言語化された虚構の概念であるから。

2,「悟り」や「真理」という言葉に根拠を持たない。
  仏陀は悟りについて具体的に経典で言及していない。あくまでも悟ったと言う経験談を語っているに過ぎないので「悟り」が何かを定義しない。

3,人権や道徳、倫理に関わる問題はそのまま読み進める。
  ジェンダー、身分、職業、暴力、身体的障害等は現代の感覚とかけ離れているが、あくまでも当時の感覚と捉え気を悪くせず受け止めていただきたい。

4,本則の漫画のみを読み解くと読み手の自由な解釈が無限に出てくるため、
  宏智正覚禅師と万松行秀禅師が何を狙ってエピソードを取り上げたかにフォーカスして読み解く。

目次

第九十一則「南泉牡丹」

第九十一則 南泉牡丹(なんせんぼたん)

衆に示して曰く:

仰山は夢中を以って実となし、南泉は覚処(かくしょ)を指して虚となす。
若し覚夢(かくむ)元無なることを知らば、虚実待(たい)を絶することを信ぜん。
且らく道え斯の人甚麼(なん)の眼(まなこ)を具するや。

仰山は夢中を以って実となし・・・これは前の90則のことを指す。
待を絶す・・・待は対峙の略。対峙は彼の岸と此の岸という二元論的な見方をいう。その二元論を脱する。

現代語訳
仰山禅師は夢の中の説法を実体があるかのように説いた。
ところが、南泉禅師は現実に起きていることは幻であり実体はないと言った。
夢は幻なのか、現実は真実なのか、そもそも夢も現実も虚像と実体の二元論で語れる範囲に無いのか。
さて、仏道を歩む人はこの二元論から脱却しているであろう。どんな眼でみれば脱却できるか見てみよう。

本則

挙す。
南泉、因に陸亘大夫(りくこうたいふ)云く、「肇法師(じょうほうし)也(また)甚(はなは)だ奇特なり【也是遼東(りょうとう)の白豕(はくし)】。
道(い)うことを解す、天地同根、万物一体と」【両指を竪起す】。
泉、庭前の牡丹を指して云く、「大夫(たいふ)、時の人、此の一株の花を見ること夢の如くに相似(あいに)たり」【壁を隔てて状を過す】。

南泉・・・南泉普願禅師(748~834年)。馬祖道一禅師の弟子。9則、16則、23則、69則に出てくる。
陸亘大夫・・・蘇州の人。唐の時代の官僚。地方自治体を監視する観察使という役職をしていた際に南泉禅師に寺院を提供した。南泉禅師は南泉山を30数年間下りることは無かったが、陸亘のすすめで山を下り、その際に名声が巷に轟き弟子が数百人になったという。
肇法師・・・僧肇(384~414年)。インドへ渡り経典を翻訳した三蔵法師の1人である鳩摩羅什の弟子。鳩摩羅什四哲の1人。高僧伝によればインド仏教の思想を中国化させた第一人者であり、注維摩詰経などを著し、鳩摩羅什の翻訳を助けたという。また、宝蔵論を著した人とされてきたが、近年の研究で8世紀に作られ、僧肇が著したと偽られたものと判明してる。
奇特・・・素晴らしいこと。とても優れていること。
遼東の白豕・・・中国のことわざ。白豕は白豚のこと。昔、遼東という地方で白い頭の豚が生れた。それを見つけた人が珍しがって天子に献上しようとした。白いブタを連れて都へ向かうと、途中白豚の群れに遭遇した。その人は自分の見分の狭さを恥じて家に引き返したという故事。このとこから、見識の狭さによってつまらないことを誇りに思ってうぬぼれること。また、そのような人のたとえ。
道うことを解す・・・うまく言ったな~~、という俗語。
天地同根、万物一体・・・僧肇が著したと偽られた宝蔵論に出てくる。原文は「玄道在干妙悟、妙悟在干即真、即真則有無齊観。齊観則莫二。所以天地与我同根、万物与我一体。同我則非復有無。異我則乖干会通。所所不出不在道在干其間矣。」天地も我も万物も本体は一体という意味。
壁を隔てて状を過す・・・壁を隔てて罪状を読み上げる。

現代語訳
陸亘(りくこう)が南泉禅師との対話で言った。「僧肇(そうじょう)という法師は三蔵法師に随って経典を翻訳された。とても素晴らしい人ですね!【別に世間では素晴らしい人などとは思われていない】。僧肇の本に『天地万物は我と本質が同じである』とある。いい表現ですね~~(≧▽≦)」。
すると南泉禅師は庭先で咲いている牡丹の花を指して言った。「陸亘様、今この瞬間に花を見る人は、夢の中で花を見ているのと同じです。」【南泉禅師にとって陸亘は俗弟子であると当時に檀徒でもある。直接間違いを指摘するのではなく、遠回しに言ったのであろう】。

頌に曰く。
離微造化(りびぞうか)の根(こん)に照徹(しょうてつ)し【行けば到る水の窮まる処】、紛紛(ふんぷん)たる出没其の門を見る【坐しては看る雲の起こる時】。
神(しん)を劫外(こうがい)に遊ばしめて問う、何か有らん【心外無法】。
眼(まなこ)を身前(しんぜん)に著(つ)けて妙に存することを知る【満目青山】。
虎嘯(うそぶ)けば蕭蕭(しょうしょう)として巌吹(がんすい)作(おこ)り【火を乞うて煙に和して得】、龍吟ずれば冉冉(ぜんぜん)として洞雲(とううん)昏(くら)し【泉を挑げて月を帯びて帰る】。
南泉時人の夢を点破して、堂々たる補処(ほしょ)の尊を識(し)らんと要す【是処是慈氏】。

離微造化・・・宝蔵論に出てくる言葉。自己の何かしらの能力(五感)に依って現れることを微、自己の外側に現れる何かを離と言っている。自分の能力で作り出された実体視される幻のこと。
神・・・精神。
劫外・・・劫は四劫のこと。成劫、世界や大地、生き物が新しく作られる期間。住劫、できあがった世界が安定して続き、人間などが暮らす期間。壊劫、火・水・風などの災害によって世界が壊れていく期間。空劫、世界が壊れて何も無くなり、次の世界が始まるまで何もない状態が続く期間。ここでは時間空間を超越してという意味。
身前・・・生まれる前。
巌吹・・・山と山の間から吹く風。
冉冉・・・雲が発生する形容詞。
補処の尊・・・弥勒菩薩。
慈氏・・・弥勒菩薩。

現代語訳
そこに在る物、ここに居る人とは、いったい何時から在り、いつから居るのだろうか。その存在の始まりをよくよく見てみよう【河を上れば水の発生源が見える、ずっと空を見ていれば雲の発生時が見える】。
すると、自己の存在も、認識する存在も生まれる前まで遡っても始まりなど分からない。
その「在る」とは認識される「在る」という概念では始まりを捉える事は出来ない。
虎が唸れば風が吹き、龍が唸れば雲が起こる。こんな幻をあたかも本物かのように思い込んで生きている。
南泉禅師は陸亘の夢を打ち破り、堂々たる仰山禅師が見た弥勒菩薩の夢を現実にした。

解説

一応断っておきますが、今回の話の背景にある宝蔵論を私は読んでおりません。
縁起による物事の在り様を見る時、自分が認識し扱い、その物を言語化概念化する前は存在しません。お釈迦様が、あるバラモン集団に教えを説いてくださいと請われたことがある。その集団は火を祀る信仰を持っている為、火について説いて欲しいと言われた。するとお釈迦様は、「この祭壇の火を何もせず消して見せよう」と言った。驚いたバラモン達はどのように消すのかと思い、お釈迦様を注視した。お釈迦様は祭壇の横で結跏趺坐を組み目を閉じて坐禅を始めた。そして、「私は何も扱っていない。扱わず認識しないものは存在しない」と言った。これが、目の前の火だから実感しにくいが、地球の裏側、例えばブラジルで同時刻に蝋燭に火を灯したとしよう。その情報を誰かから電話やネットを介して受け取ったとしても、その火を見る事も嗅ぐことも燃える音を聞くことも熱を感じることも出来ない。その火は、果たして本当に存在しているのだろうか。
「私」が行為と言語化と概念化(身口意)をもって扱わない以上、存在は在るとは言えない。ここで注意したいのが、あらかじめ居る「私」が〇〇をすると存在が現れるというロジックは縁起では無く西洋の唯心論です。何故なら私以外の存在は行為に裏付けられるが「私」は実体があるという前提で成立するロジックだからです。
そこから派生する縁起の考え方も瑜伽行派と中観派に分かれる。車を見た時に何をもって車と言うのかという問いかけをする。車を車として扱う時といえばその通りだが、車を自己に置きかえる。ハンドルを外したら車か?車に見えるだろう。タイヤを外したら車か?まだ車に見える。バンパーを外したら、屋根を外したら、エンジンを外したらと1万以上の部品に分けた時、車としての実体は無い、しかし、車としての要素は揃っている状態になる。であれば自己も多数の要素に分解され、自己も幻として実体を持たないという。これが瑜伽行派の要素分解主義です。
この瑜伽行派では要素という実体が残っている。だから要素の組み立て方や要素ごとの鍛え方などの思想が生まれ、自己を整えるとか、自己と宇宙を一体にするといった考えに派生する。それでは結局のところ自己に実体をもっているのとなんら変わりはない。
因みにこの瑜伽行派の祖が弥勒菩薩(マイトレーヤ)であり、大成させたのが五十七仏にでてくるバスヴァンデュ大和尚である。また、瑜伽行派の書物を訳したのが西遊記に出てくる三蔵法師、「玄奘」である。
よく天地いっぱいの命とか宇宙の真理とか、宇宙と我が一体になるなどのワケワカメなことをいう人がいます。これは正法眼蔵を読んだことがないのか勘違いを拗らせている師家または「問いかけ」を停止したコスプレ僧でしょう。
次に中観派です。中観派はナギャハラジュナ(龍樹)の「中論」をもとに展開される、自己を実体視しない思想です。ただここで思想といっても中論で書かれているのは、「存在とは○○である」という事では無く、存在は何にも依存しないという事柄だけです。つまり、答えが明確に書かれているわけはなく、存在とは言語化概念化される範囲外のモノで書き記せることも出来ないから、出来ないと言う事を書き連ねていくしかないという書物です。
この中論を訳したのが今回出てくる僧肇の師である鳩摩羅什です。
この「玄奘」と「鳩摩羅什」がほとんどの経典をサンスクリット語パーリ語から漢文に訳してくれています。しかし、その思想は瑜伽行派と中観派に分かれています。
以上のことを踏まえて本則を読んでいきましょう。

まず、南泉禅師に寺院を与えた俗弟子である陸亘が出てきて言います。僧肇はすごいな~~と。そして宝蔵論の内容を持ち出します。
ちょうど、南泉禅師の時代に僧肇著とされた宝蔵論が出てきてます。今でこそ偽物とわかっていますが、おそらく当時でも僧肇の著書としては稚拙だという評価を南泉禅師は持っていたのでしょう。
天地も万物も我も根源は一体であるという内容は正に中観派の思想からは遠く離れています。
それが、陸亘は分かっていなかった。しかし、南泉斬猫のようにズバリと示しても良かったのでしょうが、南泉禅師も寺院を寄付してくれた陸亘対して気が引けたのでしょう。やんわりと牡丹の花を指して、今この瞬間に見ている花も扱う自己、夢幻でしょうと言い諭します。花や花を見る自己の存在の根源が同一であるなら、それは実体視される始まりがあり、概念化される要素があることになります。それは鳩摩羅什が訳した中論には適っておらず、鳩摩羅什に師事した僧肇がそのようなことを書き記すはずはないでしょう。

第九十二則「雲門一宝」

第九十二則 雲門一宝(うんもんいっぽう)

衆に示して曰く:

遊戯神通(ゆげじんつう)の大三昧を得、衆生語言の陀羅尼(だらに)を解し、睦州(ぼくしゅう)秦時(しんじ)の𨍏輅鑽(たくらくさん)を曳転(えいてん)し、雪峰南山の鼈鼻蛇(べつびじゃ)を弄出(ろうしゅつ)す。
還って此の人を識得すや。

遊戯神通の大三昧・・・妙法蓮華経の妙音品に出てくる三昧。三昧とはサンスクリット語サマディーの音写で、心を一点に定め動じさせない事。
衆生語言の陀羅尼・・・妙法蓮華経の薬王品に出てくる語句。陀羅尼とは総持と訳され、意味を持たない語句を用いて言語や思い込みから派生する妄想を脱却することを指す。
𨍏輅鑽・・・秦の始皇帝が築城の際に用いた巨大な穴を空ける道具。無用の長物のこと。
雪峰南山の鼈鼻蛇・・・24則に出てくる話。

現代語訳
何かに執着せずに心を一点に定める。言語による妄想を取り払う。
何の意味もない物事をこねくり回し、蛇と聞くだけで妄想し恐れおののく心を制御する。
このような人を皆は知っているだろうか?

本則

挙す。
雲門大師云く、「乾坤の内【乾坤を包裹する底、聻(にい)】、宇宙の間【宇宙を立成する底、聻】、中に一宝有り【信ぜずんば懐を捜(さぐ)れ】。形山(ぎょうざん)に秘在す【形山是宝】、灯籠を拈じて仏殿裡に向かう【早く是驢井(ろい)を見る】、三門を将(も)って灯籠上に来す」【那ぞ井の驢を見るに堪えん】。  

雲門・・・雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師(864~949年)。11則、19則、24則などに出てくる。
乾坤・・・宝蔵論に出てくる語句。91則から引き続き宝蔵論の提唱が行われていたのであろうか。天地のこと。
形山・・・形(形態)は五蘊(色受想行識)の積み重ねで妄想される。このことから山と表現される。
驢井を見る・・・52則の話。驢馬が井戸を見るのか、井戸が驢馬を見るのか。

現代語訳
雲門禅師が言った。「自分の認識する事物【認識する事物を内蔵するものと内蔵されるもの全てを見よ】、世界のあらゆる物事【認識されない物事がどのように成立しているのか見よ】、この中に一つの宝がある【宝が見つからなければ懐を探してみよ】。
それはどこにあるかといえば諸法の中にあり、この宝を用いて石灯篭を仏殿の裏に置くこともできるし【驢馬が井戸を見るのか】、山門の上に持っていく事も出来る【井戸が驢馬を見るのか】。」と。

頌に曰く。
余懐(よかい)を収巻(しゅうけん)して事華(じか)を厭(いと)う【水深くして波浪静かに、学広くして語声低し】。
帰り来たって何の処か是生涯【老老大大として住処も也知らず】。
欄柯(らんか)の樵子(しょうし)、路(みち)無きを疑い【日月不到の処】、桂樹の壺公(ここう)妙に家あり【別に是一乾坤】。
夜水金波(きんぱ)桂影(けいえい)を浮かべ【通上徹下】、
秋風雪陣(せつじん)蘆花(ろか)を擁す【大少妙白】。
寒魚底に著いて餌を呑まず【徒に釣を下すに労す】、興尽きて清歌(せいか)却って槎(さ)を転ず【又、風に別調の中に吹かる】。

余懐・・・懐は心で思っていること。まだ実行に移していないが、心で思っていること。
事華・・・多事繁華の略。煩雑でざわざわしていること。
欄柯の樵子・・・昔、王質という木こりが山に入っていくと4人の子供が囲碁を打っていた。王質はそれをずっと眺めていた。すると子供が飴みたいなものをくれた。それを食べていたら腹が減らなくなった。1人の子供が「王質さん、あなたの斧の柄が腐っています」と言います。王質は長い時間が過ぎていることに気付き、慌てて家に帰えると何十年も経っており、知っている村人は全員亡くなっていた。57則に出てくる。
桂樹の壺公・・・薬売りの壺の中に入ると宮殿があったという故事。
金波・・・月。
桂影・・・月あかりで出来た木の影。
槎・・・筏。

現代語訳
妄想を忘れ、煩雑な心を落ち着けて【深い水では波が起こりづらい、博識の者は知識を多く語らない】、何者でもない、無意味な自己を観察する【老大の人も何者か知らない】。
認識される時間軸も、存在させられる空間もどこにあるのだろうか。
夜の水面に月影が浮かべば微風で月が動くように見える。秋風が芦の花を動かせば雪のように見える。
釣れない魚を釣るように無駄を愛する。興が覚めて帰る時に鼻歌を歌うように無意味を楽しむ。

解説

梅干しと聞くだけで酸っぱい味を自然と思い出し、唾液が出る。ゴキブリと聞けば不快な虫を思い浮かべ自然と鳥肌が立つ。
このように言語によって無意識に妄想させられる。
それは認識する全ての物事に対してである。特に大人になり多くの事を学び単語を覚え、物事と文字と概念を結びつけながら生きればなおさらです。
そして、自己の在り様も同じです。
赤ちゃんは自分が何者かも、何が出来るかも、何がしたいかも言語や概念で判断していません。まさにそれこそが、苦しみ(不幸)を取り除く仏道の宝物なのでしょう。
本来宝を持っていたはずなのに、大人になり知識を身に着け、無意識に無意味で無価値な自己に意味があり価値があると思い込む我々はどのように仏道を歩めばよいのだろうか。

第九十三則「魯祖不会」

第九十三則 魯祖不会(ろそふえ)

衆に示して曰く:

荊珍(けいちん)鵲(かささぎ)を抵(う)ち、老鼠(ろうそ)金を啣(ふく)む。
其の宝を識(し)らず。
其の用を得ず。
還って頓(とん)に衣珠(えじゅ)を省(しょう)する底有りや。

荊珍・・・荊山という地域で産出される珍しい宝石。
鵲・・・世界中に生息する珍しくない鳥。日本ではあまり見ない。
頓に衣珠を省する・・・法華経五百弟子授記品の話。ある日、友人と酒を飲んでいた。すると友人が酔いつぶれて寝てしまった。翌朝、自分は役所に行かなければならないので、酔って寝ていた友人の襟元に宝石を縫い付けてやった。そして別れた友人は生活費をくれる友人が居なくなって浮浪していた。ある時、縫い付けてある宝石に気付くという話。宝物は身近にあるという逸話。

現代語訳
地方で採れる珍しい宝石も、地元では沢山採れるので、野鳥を仕留める石として使われている。
黄金は人間にとって貴重だが、ネズミは石ころのように黄金の玉を齧って遊んでいる。
その価値を認識せず、その用途も分からない者が多くいる。
本当の宝物は身近にあるのに、宝物を探し回ってさまよう人を見てみよう。

本則

挙す。
魯祖(ろそ)、南泉に問う、「摩尼珠(まにじゅ)人識らず如来蔵裏(にょらいぞうり)に親しく収得す【少売弄】。
如何なるか是れ蔵?」【法堂の前、仏殿の後】。
泉、云く、「王老師汝と往来するもの是」【甚の死急か有る】。
祖、云く、「往来せざる者は?」【頭を道えば尾を知り、往を告げれば来を知る】。
泉、云く、「亦是れ蔵」【一遍生活すれば両遍作(な)る】。
祖、云く、「如何なるか是れ珠?」【一を得て二を望む】。
泉、召して云く、「師祖」【老僧、是拈出せざるにあらず】。
祖、応諾す【闍梨、是将ち来らざるにあらず】。
泉、云く、「去れ、汝我が語を会せず」【平生(へいぜい)の肝胆(かんたん)、人に向かって傾く】。

魯祖・・・魯祖宝雲(ろそほううん)禅師(不明~不明年)。馬祖道一禅師の弟子。23則に出てくる。景徳伝灯録では終南山雲際師祖章に出てくる。また召して云わく「師祖」とあるように魯祖ではなく南泉禅師の弟子の師祖のことであると思われる。ここでは題名に合わせて魯祖で統一する。
南泉・・・南泉普願禅師(748~834年)。馬祖道一禅師の弟子。9則、23則、69則、91則に出てくる。
摩尼珠人識らず如来蔵裏に親しく収得す・・・永嘉玄覚禅師の「証道歌」に出てくる語句。摩尼珠は梵語で如意などと訳される。如来蔵は仏性とも言われる。
少売弄・・・安物を高く売りつける。
王老師・・・南泉禅師の名字が王であるから南泉禅師のこと。
闍梨・・・阿闍梨の略。ここでは「お主」という呼びかけ。

現代語訳
魯祖が南泉禅師に『証道歌』の一句をとりあげて質問した。「『人々は自己こそが無常の宝であると知らない。その無常は仏性の蔵の中に内在している。』と記されています。この仏性とは何でしょうか?」【仏性ではない処など無いであろう】。
南泉禅師は「私や君が歩くことが仏性である。」と答えた。
魯祖が続けて「立ち止まる者は仏性でしょうか。」【言葉を吐けば対概念を持ち出さずにはいられない】と質問した。
南泉禅師は「もちろん仏性である」と答えた。
魯祖が「では無常である自己とは何でしょうか?」と聞いた【仏性の答えを得れば無常も欲する】。
南泉禅師は魯祖を近くに呼び寄せて「おい、魯祖よ!」と呼びかけた【無常を示した】。
魯祖は「はい」と答えた【返事をするとろこをみると無常が分かっていないな】。
南泉禅師はため息をつきながら「はぁ~~~~(*´Д`) そういう事ではない。無常である自己が分からないから返事をするのだ。」と言った【これは南泉禅師の真心だぞ】。

頌に曰く。
是非を別かち、得喪(とくそう)を明かし【眼裏に筋有り】、
之を心に応じ、諸(これ)を掌(たなごころ)に指す【見処通透し、用時明白なり】。
往来不往来【総に他の事に干(あず)からず】、只這(これ)倶に是蔵【恁麼不恁麼総に得たり】。
輪王(りんおう)之を有功に賞し【廉者(れんしゃ)は取らず、貪者は与えず】、黄帝(こうてい)之を罔象(もうぞう)に得たり【已に心力を労す】。
枢機(すうき)を転じ技倆(ぎりょう)を能くす【百、汝に如(し)かず】。
明眼の衲僧鹵奔(ろうぽ)なること無かれ【事は細を厭わず】。

得喪・・・得失と同じ。二元論的な事柄を指す。
輪王之を有功に賞し・・・輪王は転輪王のこと。大きな車輪が転がるように力強く尽く教化していく人。妙法蓮華経安楽行品に出てくる語句。仏が文殊菩薩に「大衆の大功を見て、喜び、妄りに他人に与えない宝を今与えよう」と言った。
黄帝之を罔象に得たり・・・盲目に人が宝を得る時に本当の宝を得る事が出来る。目で見て分別する人には宝とならない。76則に同じような語句が出てくる。
鹵奔・・・偽り。仮初。物事のいい加減なこと。

現代語訳
縁起する存在様式を見れば、是非も増減も得失も無く、是に是の様式があり、非に非の存在がある。
このことを踏まえれば、二元論ではなく、山は谷が無くても山となり、海は陸が無くても海となる。これを自らの手の内で行えればそれが宝である。
「歩く」という行為も「止まる」という概念がなくても縁起し、「止まる」という概念も「歩く」という行為に依存しない。
仏性も無仏性も縁起するものであり、「おい!魯祖!」と呼べば「魯祖」は縁起する自己であり、応諾する自己は「魯祖」である根拠を持たない。
これが分れば、仏から明珠を授かることが出来、盲目の人のみが得る宝を得る事が出来る。
その存在の在り様に心を運び、問いかけ、現成させていく。
道心のある修行僧よ。自己を運びて問いかければ迷うぞ。いい加減に存在に根拠を定めてはならない。

解説

魯祖が南泉禅師に「信心銘に出てくる宝とは? 仏性(如来蔵)とは?」と質問する話です。
72則にも仏性について言及しましたが、仏性は如来蔵といい、仏の性質、仏の可能性と訳されます。しかし、明確な仏性の特徴が説かれているわけではありません。
ここでは仏性も含め概念化、言語化される全てが縁起する(根拠を持たない)ものである。それこそが宝であるというロジックで話が進みます。
本則を見てみましょう。南泉禅師の答えは「歩く」ことは仏性であると言います。通常「歩く」という概念を持ち出すときに「歩かない」という概念の対義によって認識されます。ここでは通常の「歩く」のことではなく「歩かない」という対概念を持ち出さずに「歩く」が「歩く〇〇」と同時に現成すると示しています。
往来せざる者もまた「留まる」は「留まるモノ」と同時に現成し、「動く」という対概念に依存した存在では無いと主張されます。
つまり、何かの存在様式は「在る」ことを何かに「依存」しているわけではないと提示されているわけです。
ここで続きの「おい!魯祖!」という呼びかけに進みます。
「魯祖」と概念化される存在を、今までの縁起の視点から解体していけということです。
すると通常の「魯祖」と「魯祖以外」という対概念を持ち出さず、「魯祖」と「魯祖を扱う者」が同時に現成している時、自己を魯祖として扱えるのは、自己のことを魯祖と呼びかける等の行為に付随しなければなりません。しかし、「はい」と応諾している時は返事をしている自己なので「魯祖である自己」を現成させることは出来ません。
魯祖は結局のところ仏性も宝も分からなかったということになります。

同じような話に四祖道信禅師と五祖大満禅師のやりとりがあります。
七歳の五祖に四祖が言った。「君の名前は?」
五祖が答えた。「名前はありますが、通常の名前ではありません。」
四祖が言った。「どんな名前なのだ?」
五祖が答えた。「名前は仏性です。」
四祖が言った。「君に仏性は無い。」
五祖が答えた。「仏性は空であり縁起するものであるから無です。」
四祖は五祖を直ちに出家させ法を継がせた。

この話の「名前は何だ?」という問いは「自己の在り様はどのような関係性で現成しているのか?」という問いである。
そして通常の名前ではないというのは「太郎」と「太郎以外」という対概念によって認識される存在ではないということです。
存在が「○○」という言語で無条件にその在り様は決定しない事が示されています。
四祖の「ではどんな名前だ?」という問いは無常な存在を、お主はどのように現成させるのか?という問いです。
存在の仕方を問われた五祖は「仏性」と答えます。
これは存在の仕方は全て仏性であるということです。しかし、仏性という言語で定義してしまっている以上、仏性も無常であり縁起すると言わなければ、仏性のみ真理であり常に変化しない何かということになってしまう。
だからこそ四祖は「仏性は無い」と言います。
五祖は「その通りです。仏性は空であり、仏性という概念は無仏性です。」と答える。

さて、多くの寺院に人には仏性がそなわっている、仏性が有るなどと書かれていないだろうか。是非、無仏性の義を参究していただきたい。

第九十四則「洞山不安」

第九十四則 洞山不安(とうざんふあん)

衆に示して曰く:

下、上を論ぜず、卑、尊を動ぜず。
能く己を摂して他に従うと雖も、未だ軽を以て重を労すべからず。
四大不調の時如何が侍養(じよう)せん。

四大不調・・・地、水、火、風の四大元素が適当に調和しているから元気に生きられると考えられていた。そのバランスが崩れる事を四大不調という。臨終、危篤と同じ意味合い。

現代語訳
上も下も議論せず、尊や卑などという概念を扱わない。
よく自己を調教して、他人に心を向けるといえども、自己と他人という比較をしている以上、正確に心を向ける事は出来ない。
では体調を崩し病気になったときはどのように看病すれば良いのだろうか。

本則

挙す。
洞山、不安。僧問う、「和尚病む、還って病まざるもの有りや?」【分疎するに一任す】。
山、云く、「有り」【強いて主張す】。
僧、云く、「病まざるものは還って和尚を看るや否や?」【世諦流布】。
山、云く、「老僧他(かれ)を看るに分あり」【本分の相見】。
僧、云く、「和尚他を看る時如何」【甚麼(なん)の眼(まなこ)有って相見するや】。
山、云く、「即ち病あることを見ず」【只是肯(うけが)って仮に参ぜず】。

洞山・・・洞山良价禅師(807~869年)。雲巌曇晟禅師の弟子。曹洞宗の洞の字は洞山に由来。22則、49則などに出てくる。
分疎・・・分別、判別、判断。
世諦流布・・・世間にありふれたこと。

現代語訳
洞山禅師が体調を崩し寝込んだ。
そこに、ある僧侶が来て質問した。「洞山禅師は病にかかりましたが、病にかからない者はいるでしょうか?」【病人と健常者に分けたがそれも良かろう】。
洞山禅師は「いる。」と答えた【敢えて居ると主張した】。
僧侶はさらに質問した。「では、その病にかからない者が洞山禅師を看病するのでしょうか?」【健常者が病人を看病するのは当たり前だ】。
洞山禅師は「いや、逆に病人の私が健常者を看病することになるだろう」【これこそが、仏道の本分だ】。
僧侶は「病人の洞山禅師がどうやって看病するのですか?」と聞いた【洞山禅師は病の扱い方が分かっている】。
洞山禅師は「本来、病も健康も無いことを用いて看病するのだ」。

頌に曰く。
臭皮袋(しゅうひたい)を卸却(しゃきゃく)し【草枯れて鷹眼疾(と)し】、赤肉団(しゃくにくだん)を拈転(ねんてん)す【雪尽きて馬蹄軽し】。
当頭(とうとう)鼻孔正しく【也(また)須らく撥転(はつてん)して始めて得べし】、直下(じきげ)髑髏乾く【切に忌む鬼を見る事を】。
老医従来の癖(へき)を見ず【手到れば病除かれる】、小子(しょうし)相看(そうかん)して向近(こうきん)すること難し【渠(かれ)に国土無し、何の処に渠に逢わんや】。
野水(やすい)痩(や)する時秋潦(しゅうりょう)退(しりぞ)き【龍は旧道を行く】、白雲断ゆる処旧山(きゅうざん)寒し【是真、滅し難し】。
須らく剿絶(そうぜつ)すべし【君子の一言】。顢捍(まんかん)すること莫れ【灯を点じて飯を喫す】。
無功(むこう)を転尽して、伊(かれ)位に就く【葉落ちて根に帰す】。
孤標(こひょう)汝と盤を同じうせず【来時口無し】。

臭皮袋・・・臭い皮袋。肉体の事。仏陀は若い女に誘惑された際に「お前も糞が詰まった糞袋だ。欲情などしないぞ。」と言った。
卸却・・・脱却。
草枯れて鷹眼疾し・・・次の雪尽きてと対句で64則の頌に出てくる。草が無く見通しが良いので鷹も速く飛べる。遮るものが無い例え。
赤肉団・・・血と肉の塊。肉体の事。
当頭・・・目の前。真っ向。
髑髏乾く・・・髑髏の裏を認識分別できないように、分別思量を離れる事。
癖・・・くせの意味では無く、病気のこと。
秋潦・・・秋の水溜まり。
剿絶・・・断ち切る。
顢捍・・・自らを大きく見せること。
伊・・・病気の洞山禅師のことを指すが、大きい意味では病の人全てを指す。
孤標・・・一人突出していること。

現代語訳
この肉体を脱ぎ捨て、居ると思い込んでいる自己を忘れる【遮るものが無ければ軽快だ】。
鼻の穴に前後も左右も無く、髑髏の裏を分別することも無い。
洞山禅師のような名医は通常の病を見ず、若輩の僧侶が看病しようにも手の出しようが無い。
雨が少なくなり自然と水溜まりが乾くように、雲が少なくなり空が晴れるように病を持つ自己を脱却していく。
自己をわすれ脱落せよと言うが、驕ってはいけない。脱落したと思った時は脱落していない。
脱落する自己も無いのだから。あくまでのこの瞬間に脱落する自己の位を現成させるのである。
その時に、病にも不病にも属さない境涯を得ることが出来る。

解説

36則に馬師不安の話があり、13則に臨際瞎驢、83則に道吾看病の話がある。優れた師家の最期は逸話になるのだろう。

今回の病の話は通常の病ではない。一切皆苦(一切行苦)を根本とする仏道において、病ではない人などいない。皆、なにかしらの言葉、行動、意識から病を発生させていく。それが生きづらさ、虚しさ、切なさ、怒りを生みつづけていく。
洞山禅師の病を見舞いに来た僧侶は「健常者が看病するのか?」と聞いたが、自分は健常者と思い込んでいる者に看病などできないだろう。何故なら自分の病気を知らないから。

私が永平寺から正泉寺に移った際に、近隣の寺院の住職から「あいつは永平寺病だ」と言われた事がある。直接、間接問わずそのような事を口に出す僧侶は自分の病を知らないのであろう。私は相手にする気にもなれないが、洞山禅師は流石である。若輩の僧侶の質問に丁寧に答えている。洞山禅師は『私は病気にかかっていない』と思い込んでいる者の看病は『病にかかっている私』が看病しよう。と言います。どのように看病するのでしょうか?と聞くと、洞山禅師は「病も健康も無い」ことを用いて看病すると言います。最終的には生きづらさ、虚しさという病は、その生きづらさ虚しさという概念も扱わない(脱却する)ことによって解決するが、二元論の健全という概念を用いれば不健全(病)が自然と発生してしまう。洞山禅師は二元論で見る自己の在り様を解体することで病を治していくと言います。

仏道をならうというは自己をならうなり、自己をならうというは自己をわするるなり、自己をわするるというは万法に証せらるるなり、万法に証せらるるというは自己の身心及び他己の身心をして脱落せしむるなり。

第九十五則「臨済一画」

第九十五則 臨済一画(りんざいっかく)

衆に示して曰く:

仏、来たるも也(また)打し、魔、来たるも也打すし、
理有るも三十、理無きも三十。
為復(はたまた)是錯って怨讐を認めるか、
為復是良善を分たざるか。
試みに道(い)え、看ん。

現代語訳
仏が来れば打ち払い、悪魔が来ても打ち払う。
道理に適っていても打ち破り、道理に適っていなくても打ち破る。
これは仏のことも悪魔の事も仇だと間違えて打ち払うのか、
または、見境なく打ち払っているのか。
さあ、試しに答えを言ってみよ。

本則

挙す。
臨済、院主に問う、「甚麼(なん)の処よりか来る?」【掌して云く、這裏(しゃり)より来る】。
主、云く、「州中に黄米を糶(う)り来たる」【却って実頭】。
済、云く、「糶得(ちょうとく)し尽くすや?」【草に入って人を求む】。
主、云く、「糶得し尽くす」【両搭すれども頭を廻らさず】。
済、柱杖(しゅじょう)を以て一画して云く、「還って這箇(しゃこ)を糶得せんや?」【甚(なん)の死急有らん】。
主、便ち喝す【蝦蟇(がま)叫】。
済、便ち打つ【伏手骨桗(ふくしゅこつだ)】。
次に典座至る。
前話を挙す【少売弄】。
座、云く、「院主和尚の意を会せず」【口は是禍門】。
済、云く、「爾(なんじ)亦作麼生(そもさん)?」【身上に上(のぼ)せ来る】。
座、便ち礼拝す【転た堪えざるを見る】。
済、亦打つ【手の快を趂(お)う】。

臨済・・・臨済義玄(りんざいぎげん)禅師(???~867年)。黄檗希運禅師の弟子。臨済院の住職をしていた。13則、38則、80則、86則に出てくる。
院主・・・監院(かんにん)という事務長の役職のこと。
黄米・・・玄米。
伏手骨桗・・・心地よい打ち方。
典座・・・台所を司る役職。

現代語訳
ある時、臨済禅師が住職を務めているお寺でのこと。
出かけていた事務長がお寺に帰ってきた。
臨済禅師は「おや、どこへ行っていたのかね?」と訊ねた【ここから来たと言ってやろう】。
すると事務長は「町へ行き使い切れなかった玄米を売ってきました。」と答えた【そのまま】。
臨済禅師は「全て売ってきたのかね?」と聞いた【探りを入れてきた】。
事務長は「はい。全部売りきってきました。」と答えた【またそのまま】。
臨済禅師は持っていた杖で空中に「一」の字を書いて言った。「これは売ってこなかったのかね?」【焦っているな】。
事務長は「喝あぁぁぁぁぁあぁぁっつ」と叫んだ【獅子吼ではなく蝦蟇の叫びだ】。
それを聞いた臨済禅師は杖で事務長のことを叩いた【叱られている訳ではない、心地よい打ち方だ】。
臨済禅師はそのまま料理長のところまで行き、事務長とのやり取りを話した。
すると、料理長は「事務長は臨済禅師の意図を読み取れなかったようですね~」と言った【調子に乗るなよ、口は禍の元】。
臨済禅師は「では、お主であれば何と答える?」と聞いた【質問が帰ってきたぞ】。
料理長は間を置かず臨済禅師に礼拝した。
臨済禅師は料理長を杖で叩いた【先ほどよりも心地よい打ち方だ】。

頌に曰く。
臨済の全機(ぜんき)格調(かくちょう)高し【也好し、一頓を与うるに】。
棒頭に眼あり、秋毫を弁ず【一点も漫じ難し】。
狐兎(こと)を掃除して家風峻なり【獅子の全威】。
魚竜を変化して電火焼く【大小の神通】。
活人剣【猶、些子(さし)に較(あた)れり】、
殺人刀【這(こ)の漆桶】。
天に倚って雪を照らし吹毛(すいもう)を利し【誰か敢えて正しく見ん】、
一等に令行(れいぎょう)して慈味別なり【這の醋、可煞(はなはだ)釃(し)なり】。
十分の痛処(つうしょ)是誰か遇わん【打ちて云く、是爾、是爾と】。

全機・・・五感から派生する全ての意識の働き。
格調・・・調子。
一頓・・・二十棒を一頓という。
秋毫・・・秋になると鳥の毛が細くなる。それを秋毫という。極めて細かいことの意味。
魚竜を変化・・・魚が黄河のダムを上り龍になる故事。
漆桶・・・無知。馬鹿の俗語。
釃・・・酒を濾す。分ける、分別する。

現代語訳
臨済禅師の指導方法は格別である【褒めすぎだよ】。
叩き方にも慈悲の眼があり、細かいところまで指導する。
少しの汚れも許さない峻烈な家風がある。
まさに、魚が龍になり天を焼く雷が鳴っているかのようだ。
人を活かすも殺すも自由自在。
愚か者にはこの棒の意味が永遠に分からないだろう。

解説

示衆にもあるように、仏を目指して仏道に励んでも棒で叩かれ、悪魔に惑わされても棒で叩かれ、仏道を理屈で考えても棒で叩かれ、理屈を無視すれば棒で叩かれる。これが臨済禅師の家風である。
現代でやったら週刊誌が飛びついてきますね。
仏を目指すことも煩悩の元となり苦しみを生む、欲望に心を向けても苦しみの元となり、理屈で正しさを考えても正しさに固執し苦しみを生む、理屈抜きでいい加減に物事を行えば心が散漫になり苦しみを生む。
坐禅が大安楽の法門と呼ばれる所以は、心意識の運転を止めて何も求めず、何者にもならず、何にも固執せず、心も散漫であんり状態の実践だからでしょう。

第九十六則「」

第九十六則 

衆に示して曰く:

本則

挙す。

頌に曰く。

解説

第九十七則「」

第九十七則 

衆に示して曰く:

本則

挙す。

頌に曰く。

解説

第九十八則「」

第九十八則 

衆に示して曰く:

本則

挙す。

頌に曰く。

解説

第九十九則「」

第九十九則 

衆に示して曰く:

本則

挙す。

頌に曰く。

解説

第百則「」

第百則 

衆に示して曰く:

本則

挙す。

頌に曰く。

解説

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