従容録の自己流解説「71則~80則」
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以下の点を読み解いていく為の軸とします。
1,自己の本質や自己そのものが単一で存在しない
これは、自己の存在認識が二元論的に自分と他人の対比による言語化された虚構の概念であるから。
2,「悟り」や「真理」という言葉に根拠を持たない。
仏陀は悟りについて具体的に経典で言及していない。あくまでも悟ったと言う経験談を語っているに過ぎないので「悟り」が何かを定義しない。
3,人権や道徳、倫理に関わる問題はそのまま読み進める。
ジェンダー、身分、職業、暴力、身体的障害等は現代の感覚とかけ離れているが、あくまでも当時の感覚と捉え気を悪くせず受け止めていただきたい。
4,本則の漫画のみを読み解くと読み手の自由な解釈が無限に出てくるため、
宏智正覚禅師と万松行秀禅師が何を狙ってエピソードを取り上げたかにフォーカスして読み解く。
目次
- ○ 第七十一則「翠巌眉毛」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第七十二則「中邑獼猴」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第七十三則「曹山孝満」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第七十四則「法眼質名」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第七十五則「瑞巌常理」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第七十六則「首山三句」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第七十七則「仰山随分」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第七十八則「雲門餬餅」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第七十九則「長沙進歩」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第八十則「龍牙過板」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
第七十一則「翠巌眉毛」

第七十一則 翠巌眉毛(すいがんびもう)
衆に示して曰く:
血を含んで人に噴く、自らその口を汚す。
杯を貪って一世人の債を償う。
紙を売ること三年鬼銭(きせん)を欠く。
万松、諸人の為に請益(しんえき)す。
還って担干計(たんかんけい)の処有りや也(また)無しや。
杯を貪って・・・杯は酒のこと。年中酒を飲んでる人。
鬼銭・・・中国の一部の風習で紙を刻んで銭を作り鬼神に捧げるというもの。
担干計・・・決算の時に貸方借方がしっかり合っていること。
現代語訳
慈悲の心をもって相手を教え諭すとき、相手に嫌われても恨まれてでも教え諭す。
相手に気持ちよく酔っぱらってもらおうと酒を勧める人は、他人の酒代の借金を負う。
紙を売る人が、客のことを考え全部売り、自分が使う分の紙が無くなってしまう。
このように、師家(指導者)は自未得度先度他の心をもって指導にあたる。
私(万松行秀)も皆の為に今教えを説こう。
皆の役に立てるか分からないが、この話を取り上げよう。
本則
挙す。
翠巌、夏末に衆に示して云く【猶少なきを嫌うこと在り】、「一夏(いちげ)以来、兄弟(ひんでい)のために説話(せった)す【自ら家醜を揚ぐ】。
看よ、翠巌が眉毛(びもう)在りや?」【口交じることを害せず】。
保福、云く、「賊と作(な)る人、心虚なり」【也是火裏の人】。
長慶、云く、「生ぜり」【雪上に霜を加う】。
雲門、云く、「関」【街を欄(さえぎ)り巷を截(き)る】。
翠巌…翠巌令参禅師(???~???年)。雪峰義存禅師の弟子。詳細は不明。
夏末…90日間の雨安居の終わり。
兄弟・・・兄弟弟子のこと。同じ師を持つもの。
眉毛・・・間違った仏法を説けば眉毛が抜け落ちると言われる。
保福・・・保福従展禅師(???~928年)。雪峰義存禅師の弟子。詳細は不明。
虚なり・・・虚言と捉え、盗賊は嘘をつくから油断ならないと解釈する説。怯の意味と捉え、盗賊は悪い事をしながら内心怯えていると解釈する説がある。今回は後者で現代語訳する。
火裏の人・・・同じ釜の飯を食った盗賊仲間。
長慶・・・長慶慧稜禅師(854~932年)。雪峰義存禅師の弟子。24則と64則に出てくる。
雲門・・・雲門文偃禅師(864~949年)。雪峰義存禅師の弟子。11則や19則など従容録によく登場する。
現代語訳
翠巌禅師が雨安居の終わりに際し修行僧を集めた【雨安居では何度も仏法を説いたが、まだ不足か】。
そして、「雨安居以来、ずっと私は諸君の為に説法してきた【自らの恥をさらけ出した】。諸君の為と思い話をしたが、説く仏法が間違いであれば、その罪咎によって眉毛が抜け落ちると言われている。諸君、私の眉毛が抜け落ちているかよく見て欲しい。」【無用なことを言っているが、気にしていないようだ】。
すると弟弟子の保福が前に出てきて言った。「おかしいですね~~。間違いだと思っている人は内心怯えているはず。翠巌禅師は怯えているようには見えませんね~~」【良い誉め言葉だ。保福も翠巌も堂々としている】。
今度は弟弟子の長慶が前に出て言った。「落ちるどころかちゃんと生えていますよ。というかまるで眉毛で目が隠れているようです」【さらに眉毛を増やした】。
最後に弟弟子の雲門が前に出て言った。「関」【翠巌の説法が正しいとも正しくないとも言えない。その問いかけはとても難関だ。その難関な関所を誰も通ることが出来なくなってしまった】。
頌
頌に曰く。
賊と作る心【臓物己に露わる】、人に過ぎたる胆【傍若無人】。
歴歴縦横機感に対す【白拈巧偸】。
保福雲門垂鼻(すいび)唇(しん)を欺き【探頭太だ過ぐ】、
翠巌長慶脩眉(しゅうび)眼(まなこ)に映ず【佯(いつわ)って知らざるを打ねす】。
杜禅和(ずぜんな)何の限りか有らん【天童の杜撰は万松に何似(いずれ)ぞ】
剛(し)いて道う意句一斉にきると【隠さんと欲して弥(いよいよ)露わる】。
自己を埋没(まいぼつ)して気を飲み声を呑む【子を養って父に及ぼざれば】。
先宗(せんそう)を帯累(たいるい)して牆(しょう)に面(むか)い板を担(にな)う【家門一世に衰る】。
臓物・・・盗人が盗った品物。
白拈巧偸・・・白拈は盗人のこと。スリをする盗人の手つきが上手だから見る事ができない。
脩眉眼に映ず・・・眉毛が長くて目が隠れてしまっている。
杜禅和・・・杜撰の禅和子のこと。杜撰とは杜黙という人が漢詩を作る時、平仄がめちゃくちゃで韻が踏めてないことから格式に合わないこと。和子とは和合衆、つまり修行僧の集団。
先宗・・・先達。
牆・・・壁。
現代語訳
翠巌禅師は雨安居を終える修行僧たちを試した。その、問答による指導は流石だ【凄腕の盗人だ】。
保福と雲門は言語と無言による素晴らしい答えをした。翠巌と長慶は長い眉毛で目を覆い隠すように見えないふりをした。
天下には、この4人の問答の意味が分からない僧侶が多くいる。この問答で翠巌禅師が90日間の雨安居で説いた仏法を纏めて切ってしまった。
翠巌禅師の90日間の説法が正しいか正しくないかなどを考えれば、修行の妨げとなる。翠巌禅師の教えに捉われず壁には梯子をかけて超えて行け【家門は一代で衰退する】。
解説
正しい仏法や、経典にこのように書いてあるからこれが正解の仏法だ、という仏法には何の根拠があるのだろうか。
正しいのは「書いてある」という事実だけです。「書いてある」ことが正しい、「言ったこと」が正しいという根拠は永遠に分からないでしょう。
しかし、師匠が弟子に指導するときに正しい前提で教え説きます。今回の話では正しさに固執して修行を続けてはいけないという教えです。雨安居の期間は修行僧が寺を出入りしません。新入りが入ってくることもなければ、他の寺に行脚する人もいません。90日間同じメンバーで修行します。その時に、皆で律を守り、同じ方向を向き、同じ仮設された正しい仏法に向かって修行します。その為に住職も指導を行います。
90日間が終わった後に90日間の正しさを一回ばっさり切り捨て、「○○は正しい」という自我意識から抜け出して修行をしないと、「正しさ」に執着しメンバーが変わるたびに、「正しさ」から逸脱した新入りや変化をしていく僧伽に心が乱されます。
正しい仏法などなく、あくまでも仮にその集団内で設定される仏と律があるだけです。
仏教は「仏の教え」ではなく「仏に成る為の教え」であると言われますが、「仏」が何かはよく分かりません。もし「仏」に成ったというのであれば、「あなたは仏です」と「仏」に承認される必要があり、「仏」の条件が明確な概念として提示されなくてはいけません。しかし、「仏」とは何かというのは今この瞬間の状態で示されることはあっても概念として明確に表現されることはありません。
いままで居た寺では、この作法で坐禅をしていたから、私はその作法を曲げない、といった凝り固まった人がいますが、柔軟に正しさを持たず行仏していかなければなりません。
第七十二則「中邑獼猴」

第七十二則 中邑獼猴(ちゅうゆうみこう)
衆に示して曰く:
江(こう)を隔てて智を闘わしめ、甲を遯(しりぞ)け兵を埋(うず)む。
覿面(てきめん)すれば真鎗実剣(しんそうじっけん)を相持(あいじ)す。
衲僧(のっそう)の全機大用(ぜんきだいゆう)を貴ぶ所以なり。
慢より緊に入る。
試みに吐露す、看よ。
江を隔てて・・・呉の周瑜が知略で、長江を挟んだ魏の曹操の軍を赤壁の戦いで破った故事。
甲を遯け・・・孫臏が甲兵を退け伏兵を置いて敵将である龐涓を引き込んで倒した故事。
覿面・・・相対すること。顔と顔がぶつかること。
慢より緊に入る・・・緩慢と緊急。ゆったりとした空間から急に緊急事態に入る。
現代語訳
我々、達磨門下の僧侶が法戦するとき、知略を駆使し相手の裏を書き大軍を打ち破る軍師周瑜のように、また伏兵を置いて敵将を仕留めた孫臏のように戦う。
しかし、軍隊と軍隊が相対せば、計略も通用するが、将軍同士が相対したとき真剣を持って切り結ぶ他ない。
僧侶も全身全霊で戦わなければならない。ゆっくりと戦術を練っている場合ではない。法戦は緊急の接戦だぞ。
試しに、緊迫した法戦を見せてやろう。
本則
挙す。
仰山、中邑に問う、「如何なるか是仏性の義?」【這箇の座主却って持論するに堪えん】。
邑、云く、「我汝が与(ため)に箇の譬喩を説かん【仮に宜しうして真に宜しからず】、室に六窓有り中に一獼猴を安ず【還って肯って寧息するや】。
外に人有りて喚んで狌狌(しょうしょう)といえば獼猴即ち応ず【再来、半文に直らず】。
是の如く六窓俱(とも)にに喚べば俱に応ずるが如し」【只檀郎が声を認得することを要す】。
仰、云く、「只獼猴睡(ねむ)る時の如きは又作麼生(そもさん)?」【寐語すること莫れ】。
邑、即ち禅牀を下って把住して云く、「狌狌(しょうしょう)我汝と相見せり」【何ぞ早く恁麼に道わざる】。
仰山…仰山慧寂禅師(807~883年)。潙山霊祐禅師の弟子。15則、26則、37則に出てくる。
中邑…中邑洪恩禅師(???~???年)。馬祖道一禅師の弟子。
室に六窓有り・・・室は自己、六窓は眼耳鼻口体心の六根。
獼猴・・・大猿。
狌狌・・・猩々のこと。人間に最も近い猿と言われる。
再来、半文に直らず・・・呼ぶ声に応じて答えるのでは価値がない。呼ばれる前に応じなければならない。
只檀郎が声を認得することを要す・・・この語句は五祖法演が言い、圜悟克勤が聞いて大悟をしたという。それ以来よく用いられる。自分を慕っている檀那が呼ぶ声を聴いて振り向いてくれるのを望んでいるだけで用事あって呼んでいるわけでは無い。狌狌という呼びかけも猿に用があるわけではない。
寐語・・・寝言。
把住・・・捕まえる事。
現代語訳
仰山が中邑に法戦を挑み、問答を始めた。
仰山「仏性とはなんだ?」【仰山の問答の相手として不足はない】と問答のテーマを掲げた。
中邑が答えた。「1つの例え話をもって答えよう」【あくまでも例え話であり真に受けてはいけない】。
そして中邑は「ここに一つの部屋(身体)があって、そこに六つの窓(眼耳鼻舌身意)がついている。そして部屋の中に1匹の大猿を入れる。部屋の外から『おい猿!』と呼びかけると大猿が返事をする【呼ばれる前に返事をしなければ価値がない】。六つの窓のどこから呼んでも大猿は返事をする。仏性とはそういうものだ。」という例え話で答えた【大猿を呼んではいるが大猿に用があるわけでは無い】。
仰山がさらに問いかけた。「では大猿が眠っていて、外からどんなに呼んでも反応しない時はどうする? 仏性はどうなる?」【仰山が寝言を言った】。
奇抜な問答をされた中邑は戦術を変え、座っていた場所から立ち上がり、仰山の胸倉を掴んで「大猿よ!!」と叫んだ。
そして「これで私と君が相対したぞ」と言った【例え話などせず最初から言えばよかったのだ】。
頌
頌に曰く。
雪屋(せつおく)に凍眠して歳、摧頽(さいたい)【蟄戸開かず】。
窈窕(ようちょう)たる羅門(らもん)夜開かず【龍に龍句無し】。
寒橋せる園林、変態を看る【幾ど死殺せんとす】。
春風吹き起こす律筒(りっとう)の灰【喜得せり重ねて蘇ることを】。
窈窕・・・深く静かなさま。
羅門・・・葛が絡まっている門。隠居の様子。
変態・・・気候の変化。
現代語訳
中邑が長々と例え話をしているから雪が積もって戸が開かなくなっているぞ。
物静かに門がたたずんでるようだ【中に龍がいても気配がない】。
寒い中でも時間が経てば季節が変わり春が来る【危うく雪に埋もれて死ぬところだった】。
春の風が冬を吹き飛ばすように、中邑の胸倉を掴んで言った問答は素晴らしい。
解説
仏性という言葉がテーマになっています。
仏性とは涅槃経典に多く出てくる語句で、仏の性質・仏になる可能性・仏の種子などを意味するものです。
別名「如来蔵」とも言われ、仏性を修行によって開花させることにより如来になる、つまり悟りが開けるというわけです。
この仏性は誰でも持っていて、八正道などの実践で全員が悟れると主張するのが大乗仏教です。
つまり仏教では仏性は仏の本質であり、種であり、内在される実体と解釈されるわけです。
しかし、この解釈では今回の話は読み解けません。
さてこの仏性をテーマに法戦を行う話です。
仰山が仏性について問いかけます。
中邑は大猿の例え話をします。この例え話までは上記の解釈で読み進められます。部屋は自己であり、その中に仏の本質である大猿がいる。そして、視覚や聴覚などの感覚器官を通して八正道(正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定)を実践することで仏性が反応し顔を出す。呼びかける間のみ、どの感覚器官からでも仏性を表すことが出来る。
このように解釈できます。
おそらく、この例え話を聞いた人は大猿(仏性)をどの感覚器官でも良いから呼び覚ますことが仏教なのだ、という話と考えます。
しかし、大猿が仏性だとすると仏性(大猿)が何者か、実際にはどんな名前で大猿を呼べば顔を出すのか分からず、結局呼ぶ手段が分からないという矛盾が生じます。
仏性について仏陀は「一切衆生 悉有仏性 如来常住 無有変易(一切衆生は仏性が悉く有り。如来は常に住して変易有ること無し)」と示しています。この後が問題です。仏陀は仏性が何かについて説いていないのです。「悉く有る」と言いつつ、「有る」モノがどんなもので、どのように認識されるものか分からないままなのです。
であれば、大猿を呼ぶ手段も仏典に書かれていないことになります。
この矛盾を踏まえて、仰山は大猿が寝ていて反応しなかったらどうするの?と聞きます。
大猿を起こす手段が分からない、起こす呼びかけの手段が分からない時、永遠に仏性が現れないのであれば、仏性の概念自体が無用となるからです。
その矛盾を指摘され中邑は手段を変えて、胸倉を掴みながら「大猿よ!」と呼びかけます。そして、この呼びかけによって相対したと言います。「大猿よ!」という呼びかけ=仏性であり、悉有であることを示したのです。つまり、大猿(仏性)の存在が内在しているかどうか、起きて反応するかどうかの話ではなく、自己が呼びかけるという行為をしている限りにおいて「呼びかける自己」が現成し、相対したということです。
最初の例え話で万松行秀は「大猿に用があるわけでは無い。」コメントしてます。つまり、仏性を表すことが目的でもなく、仏性が窓から顔を出すかどうかはどうでもいいことなのです。
大猿よ!!と叫んでも大猿が起きない前提の話なので、起きているかどうかは問題では無く、呼びかける行為が今自己に付随しているかどうかを問うことが仏性であると示したわけです。
第七十三則「曹山孝満」

第七十三則 曹山孝満(そうざんこうまん)
衆に示して曰く:
草に依り木に附き去って精霊(しょうれい)と作(な)り、
屈を負い冤(あだ)を銜(ふく)んで来たって鬼祟(きすい)となる。
之を呼ぶ時は、銭を焼き馬を奏(すす)む。
之を遣る時は水を呪し符を書す。
如何が家門平安なることを得去らん。
精霊・・・人が死んだ後の魂が未練によってさまよっている姿を精霊という。
屈を負い冤を銜んで・・・屈辱を感じ怨恨を抱いている。
鬼祟・・・無実の罪で裁かれた死者は耐えがたい怨恨と屈辱によって鬼神となって祟る。
銭を焼き馬を奏む・・・中国の風習で鬼神を呼ぶときに紙銭を焼き馬の形を供える。お盆の風習に似ている。
水を呪し符を書す・・・中国の風習で鬼神を追い払う時は水で呪いをして護符を書く。
現代語訳
過去に捉われ、後ろ髪をひかれる幽霊となる人がいる。
屈辱と怨みに支配された復讐の鬼となる人もいる。
幽霊や鬼を呼ぶときは庭先で火を焚いて、キュウリで馬を作るのが良い。
幽霊や鬼を追い払うには玄関に塩を撒いて結界の護符を貼るのが良い。
どのようにしたら家内が平穏になるだろうか。
本則
挙す。
僧、曹山に問う、「霊衣(れいえ)掛けざる時如何(いかん)?」【蟭蟟、穀を脱して猶寒枝を抱く】。
山、云く、「曹山今日孝満」【平生に負(そむ)かず】。
僧、云く、「孝満の後如何」【寛行大歩】。
山、云く、「曹山顛酒(てんしゅ)を愛す」【何の不可なること有らんや】。
曹山…曹山本寂(そうざんほんじゃく)禅師(840~901年)。洞山良价禅師の弟子。洞山五位説の大成者。52則に出てくる。
霊衣…日本でいうところの喪服。中国の喪服は白い。喪の期間は3年間とされているが、ここでは日本の風習に従って年が明けるまでとしておく。
蟭蟟・・・様様な種類の蝉たち。秋の蝉。
寛行大歩・・・何の障害も無く堂々と歩く。
顛酒(てんしゅ)・・・酒を浴びるほど飲んで酩酊状態になる。
現代語訳
ある時、僧侶が曹山禅師に聞いた。「喪中は明けていないが窮屈な喪服を脱ぎ捨てるように、しがらみから解放される時とはどのような境涯でしょうか?」【蝉が殻を脱ぎ捨て枝にしがみついているように、悟りにしがみついている】。
曹山禅師が答えた。「私の喪中は明けている。長期間の喪中が明けて喪服を着るとか着ないという事も考えようが無い境地だ」【日常の良いも悪いも無い日々を過ごす】。
僧がさらに「喪中が明けた後はどのような暮らしをするのですか?」と曹山禅師に斬り込んだ【聞きたいことを素直に聞く人だな】。
曹山禅師は「喪中では身を慎み生活をするが、喪が明けた今日は酒をがぶがぶ飲み酔っ払ってフラフラと歩いて行こうか」【結構なことだ】
頌
頌に曰く。
清白(せいびゃく)の門庭四(よも)に隣(りん)を絶す【脳後に腮を見ば与(とも)に往来すること莫れ】。
長年関し掃(はら)って塵を容れず【設い有るも一点も著くる処無し】、光明転ずる処傾いて月を残す【否極まれば泰生ず】。
爻象(こうしょう)分るる時却って寅(いん)に建(おさ)す【陰は惨(うれ)い、陽は舒ぶ】。
新たに孝を満じ【泪痕猶未だ罷まず】、便ち春に逢う【相喚んで秋千(しゅうせん)を打す】。
酔歩狂歌(すいほきょうか)堕巾(だきん)に任(まか)す【熟(つらつら)礼を講ぜず】。
散髪夷猶(いゆう)、誰か管係(かんけい)せん【千自由、百自在】。
太平無事酒顛の人【七村裏、這の漢快活】。
清白の門庭・・・白茅で出来た質素な庵。
脳後に腮を見ば・・・第2則にも出てくるが後ろ姿を見た時に横アゴが飛び出ている人相は油断ならないという噂から。
否極まれば泰生ず・・・否も泰も易学の卦の名前。否は天地の気が塞がり天候が乱れる。泰は陰陽が通じて天気が晴れる。ここでは裏表がひっくり返るという意味。
爻象分るる時・・・これも易学。天地人が天と地と人に分かれる。
寅に建す・・・これも易学。陽気発見の気とある。春が来たということか。
秋千・・・ブランコ。俳句では春の季語である。
堕巾・・・被っている帽子を落とす。
夷猶・・・フラフラ歩く。
現代語訳
喪に服している間は質素な生活をして四方の家とも交流を絶ち、ひっそりと暮らす。
長年誰も訪ねてこないから煩わしさから解放されている。
喪が明ければ一転、冬から春になったかのように子供たちが楽しそうにブランコで遊ぶ。
陽気の中、酒を飲み、鼻歌を歌いながらフラフラ歩く。
帽子を落としてもお構いなし、真の気軽さだ。
この無事平穏の日々は、迷悟、善悪などの二項対立の見方を離れた境地だ。
解説
喪中を修行と悟りに例えて示す話です。
喪中を修行と、喪が明け自由自在な境地を悟りと考え話す僧侶に曹山禅師は「私はすでに喪が明けている。」と言います。
これは「私は修行が終わり悟っている」という話ではなく、「修行する私こそが悟りである」という意味です。
そして僧侶は修行と悟りを別物と考えている為「悟った後の生活はどうのようなものか?」と聞きます。修行が終わっているのだから修行生活ではないと思っているのでしょうか。
曹山禅師は「べろべろに酔っ払って、ふらふら歩く」と言います。喪中か喪が明けているかを考えているわけでは無い安楽の境地を楽しむという意味です。
仏陀は「怒らないコツは怒らないこと」と当たり前のことを言います。怒りや貪りや虚しさ悲しさを感じる時の解決方法は怒らない、貪らない、虚しくない、悲しくない状態を実践することです。自己啓発本よろしく何かテクニックがあるかもしれませんが、最終的に心が苦しくない状態への移行が目的であり、その状態を実践し続けることが解決方法です。
その時に、「○○をした結果怒らない」と因果関係で考えてはいけません。「怒っていない状態の自己」をこの瞬間に実践している時のみ「怒らない自己」の存在が現れます。悟りも同じく「○○をした結果悟った」とはなりません。
坐禅をした結果、悟りが現れることはなく、怒りも貪りも行為も思いも言葉も手放し、何者でもなく、何のために坐るわけでも無い坐禅をしている瞬間に「怒らない自己」「何でもない自己(無為の真人)」が現成するのです。であれば坐禅の結果、悟り、悟った後は悟りの状態が続くということは無い。
今回の話では酔っ払った状態を愛すと表現されるように、愚かな僧侶がいうところの「修行が終わった後」は「修行という安楽の状態(悟り)を愛し、続けていく」という答えを曹山禅師は返します。
第七十四則「法眼質名」

第七十四則 法眼質名(ほうげんしつみょう)
衆に示して曰く:
富満徳を有(たも)って蕩(とう)として繊塵(せんじん)無し。
一切の相を離れて一切の法に即す。
百尺竿頭(かんとう)に歩を進めて、十方世界に身を全うす。
且らく道へ甚麼(なん)の処より得来るや。
一切の相を離れて一切の法に即す・・・華厳経にある語句。
現代語訳
五体満足で生まれ、五感で物事を判断できる能力を有し生まれ、それらは宝物である。
とはいえ、よく自己の存在をならえば、我が物である肉体も感覚能力も一つも無い。
我が物が無いと分かれば全ての事物に存在の根拠が無い。
長い竹の頂上まで登り切った後、もう一歩踏み出せば落ちてしまう。自己が無いのであれば落ちてみるがよい。
落ちた先に何が在るだろうか?一体我々はどこから登って来たのだろうか?
本則
挙す。
僧、法眼に問う、「承る教に言えること有り。無住の本より一切の法を立すと。
如何なるか是れ無住の本(もと)?」【狗口(くく)合取(がっしゅ)せよ】。
眼、云く、「形は未質より興り【眼華すること莫れ】、名は未名より起こる」【畢竟喚んで甚麼とか作(な)さんや】。
法眼…法眼文益(ほうげんぶんえき)禅師(885~958年)。地蔵桂琛(じぞうけいちん)の弟子。17則、27則、51則、64則に出てくる。
教…ここでは維摩経。
現代語訳
維摩経にこのような話がある。
文殊菩薩が維摩に聞いた。「心の苦しみ、死、老いなどへの恐れを持つ未熟な修行者は何を拠り所にすれば良いのか?」
維摩は「苦しみと恐れの中に居るのなら、如来の功徳を拠り所としなさい。」と答えた。
文殊菩薩はまた「修行者が如来の功徳を拠り所とするには、何をすれば良いのか?」と問い
維摩は「衆生を苦しみから救うことをすれば良い」と答えた。
文殊菩薩はまた「衆生を苦しみから救うには、どうすれば良いのか?」と問い
維摩は「衆生の煩悩を除くのです」と答えた。
文殊菩薩はまた「煩悩を除くには何をすれば良いのでしょうか?」と問い
維摩は「正しい思いを持って理に適った修行をさせるのです」と答えた。
文殊菩薩はまた「理に適った修行とは何でしょうか?」と問い
維摩は「不生不滅を念じて行為をするのです」と答えた。
文殊菩薩はまた「何が生じず何が滅しないのでしょうか?」と問い
維摩は「不善は生ぜず、善は滅しない」と答えた。
文殊菩薩はまた「善と不善の根拠は何か?」と問い
維摩は「自己が根拠だ」と答えた。
文殊菩薩はまた「自己の根拠とは何か?」と問い
維摩は「欲望と愛着である」と答えた。
文殊菩薩はまた「欲望と愛着の根拠は何か?」と問い
維摩は「虚妄分別、誤った考えである」と答えた。
文殊菩薩はまた「虚妄分別はどこから来るのか?」と問い
維摩は「偏った考えから来る」と答えた。
文殊菩薩はまた「偏った考えは何を根拠に生み出されるのか?」と問い
維摩は「無住(根拠はない)」と答えた。
文殊菩薩はまた「根拠が無いと言える根拠は?」と問い
維摩は「根拠が無い事に根拠はない。文殊菩薩よ、全ての事物は根拠が無い事を根底に持っている」と答えた。
この話を持ち出して、ある僧侶が法眼禅師に聞いた。「根拠はないと言える根拠が無い根拠は?」
法眼禅師が答えた。「目に見える物質は認識される前には存在しない。ここに布がある。赤ん坊のように『ヌノ』という言葉も知らず、使い道も知らない時は布は布として存在できない。いつから布が布として存在していたかの根拠は布を扱う自己と同時に発生する為、現在は布にも自己にも根拠はない。」
頌
頌に曰く。
蹤跡(しょうせき)没(な)く【羚羊角を挂く】、消息断(た)つ【久しく負いて逢わず】。白雲根無し【妙体本来処所無し】、清風何の色ぞ【通身那(なん)ぞ更に蹤由有らん】。
乾蓋(けんがい)を散じて心あるに非ず【尚能く岫を出づ】。坤與(こんよ)を持して力有り【精神を費やさず】。
千古の淵源(えんげん)を洞(ほが)らかにし【尽く這裏に向かって流出す】、万象の模則(もそく)を造る【一法の所印】。
刹塵(せつじん)の道会(え)するや処処普賢(ふげん)【街を攔(さえざ)り巷を截(き)る】。楼閣(ろうかく)の門開くるや頭頭弥勒(みろく)【築著磕著(ちくじゃくかつじゃく)】。
羚羊角を挂く・・・羊が角を枝に引っ掛けて眠る時は足跡が残らない。
乾蓋・・・天のこと。
坤與・・・地のこと。
刹塵・・・刹は国土。塵は万法や万物のこと。
楼閣・・・二階建て以上の建物をあらわす。ここでは華厳経のエピソードで善財童子が弥勒菩薩を入れた門のこと。華厳経入法界品。
築著磕著・・・あちこちにぶつかる。
現代語訳
歩んできた足跡も無く、存在した痕跡も無い。雲に根は無く、風に色は無い。
心持ち次第でどのようにも成ると思っても、心がそもそも存在しない。存在し続けるという根拠はない。
始まりも分からない存在の在り様を見極めて、全てがフィクションだと分かる。
概念も物質もフィクションである。フィクションに智慧の普賢菩薩が現成する。門を開けるという行為と同時に門と弥勒(門を開ける人)が現成する。
解説
華厳経の示衆、維摩経観衆生品の本則に華厳経入法界品の頌という則です。
維摩経に示され内容は物事に根拠はなくフィクションである。。そして自己もフィクションである。ということです。
それだけ。
絶対の法則、絶対の根拠、絶対の存在を仏教にでは認めない。神も仏も認めない。神も仏も縁起していく(ある条件下で存在する)フィクションであると考える。
よく、科学を齧った研究者などは、○○は絶対であるという。そして学者も考察というもっともらしい言葉を使い、感想を定説かのようにしていく。
観測された事象に感想を加えたモノが都合よく解釈されるだけです。そもそも観測にも我見が入り、我見が入らない観測はありえません。病気を定義し、分類し、観測方法を定めているのは自己です。
科学も歴史も、「このように考えれば辻褄が合う」だけのこと。そこに私の感想という領域を出ている根拠はない。
第七十五則「瑞巌常理」

第七十五則 瑞巌常理(ずいがんじょうり)
衆に示して曰く:
喚んで如如となす、早く是れ変ぜり。
智不到の処、切に忌む道著(どうぢゃく)することを。
這裏還って参究の分ありや也(また)無しや。
如如・・・南泉禅師の問答に「喚んで如如となす、早く是れ変ぜり」。とあり、ある事物の存在様式は関係性により一瞬一瞬で変化している(諸行無常)ことを示す。
道著・・・著は助詞。道は言葉。
現代語訳
「これは○○である」と言った時に、その存在の在り様は一瞬一瞬で変化している。
知識や概念で言い表せない「○○」は、そもそも沈黙するしかない。
沈黙しつつも、「○○」はどのように存在しているのかをどのように考えれば良いのだろうか?
本則
挙す。
瑞巌、巌頭に問う、「如何なるか是本常の理?」【理有れば声高に在らず】。
頭、云く、「動ぜり」【理を知るべし】。
巌、云く、「動の時如何?」【再犯を容さず】。
頭、云く、「本常の理を見ず」【物を相して価を作す】。
巌、佇思す【却って慚愧(ざんぎ)を識るや】。
頭、云く、「肯(うけが)う時は即ち未だ根塵を脱せず【箇の中、肯路無し】、肯わざる時は永く生死に沈む」【堂に当たって正坐せず、那(なん)ぞ両頭の機に赴かん】。
瑞巌…瑞巌師彦(ずいがんしげん)(???~???年)。巌頭全豁(がんとうぜんかつ)禅師の弟子。夾山禅師にも参じている。無門関12則の主人公の話が有名である。
巌頭…巌頭全豁(がんとうぜんかつ)禅師(828~887年)。徳山宣鑑(とくざんせんかん)禅師の弟子。22則、43則、50則、55則に出てくる。
本常の理・・・不動不変の真理。
佇思・・・考え込む。
堂に当たって正坐せず・・・洞山禅師の寺の維那である休静が「僧堂の上間に坐る者は山で柴刈りを、下間に坐る者は畑を耕してください」と言った、すると首座和尚が「上間と下間の中間にいる聖僧菩薩(像)は何をするのか?」と聞いた。その時に休静が答えた語句である。
現代語訳
瑞巌が巌頭禅師に「不変不動の仏法の真理とは何でしょうか?」と聞いた【声を張ってこの質問をするとは、理に適っていないと分かってるな】。
巌頭禅師は「真理が動いたぞ!」と答えた【動き変化する理を知るべし】。
瑞巌は「真理が動くとなると、不動不変の真理はどうなるのですか?」と聞いた【同じ過ちの質問をしたな】。
巌頭禅師は「不動不変の真理は見えなくなる!」と答えた【存在の仕方をよく観察したほうがよい】。
瑞巌は動く動かないの二元論に陥り、真理が分からなくなってしまった。
深く考え込む瑞巌に巌頭禅師は「真理が有ると思っている内は煩悩が消える事は無い!! 真理が無いと思っていると怒りや貪りや虚しさなどの心の苦しみが永遠に続くだろう!!」【有るとか無いとか思っている内はダメだ、有無も無い】
頌
頌に曰く。
円珠(えんじゅ)穴あらず【甚の処に手を下さん】。
大璞(たいはく)は琢(たく)せず【功夫して惜しむべし】。
道人の貴とぶ所、稜角(りょうかく)無し【就理蔵鋒】。
肯路を拈却すれば根塵(こんじん)空ず【十二処忘ず閑影響】。
脱体無依活卓卓(だったいむえかつたくたく)【三千界に浄光明を放つ】。
円珠・・・丸い宝珠。
大璞は琢せず・・・大璞は土から出てきた玉。琢は磨くという意味。真の宝石は磨く必要がない。
拈却・・・捨て去る。
根塵・・・眼耳鼻舌身意の六根とそれによって起こる六つの塵(煩悩)。
脱体無依活卓卓・・・脱体は丸出し。無依は事物が何かに依存して存在しているわけでは無いこと。活卓卓は独立して活きていること。
現代語訳
丸い宝石は傷一つ無い【手を加える必要は無い】。
元々価値がある宝石は磨かなくても価値がある【工夫の仕様がない】。
出家者が重要と捉える真理は丸く境は無い【全ての真理に根拠はない】。
真理が有ると思って歩む仏道をさっさと捨て去り歩めば苦しむ自己が消失する【全ての感覚器官から起こる妄想が砕かれる】。
脱ぎ捨て丸出しになり、何にも依存した存在では無いことをならい、主人公として活きていく【縁起の光明が世界を照らす】。
解説
今回は仏法の真理についての話です。
そもそも、真理と聞くと、どんな条件下でも通用する絶対の法則や絶対の正義だと思われがちです。
しかし、現実にそんな絶対の真理があるのだろうか?
人を殺してはいけない。「これは絶対の真理である」と思っても、実際は自らの手を汚さない政治家が命令すれば軍隊は平気で殺人を行う。
日本仏教ではダンマパダ(発句経)を「真理のことば」と訳して読まれることがある。この内容を見てみると、「良き友を持ち共に歩め」と書かれているかと思えば、「一人歩め、一人でいることは安楽である」と書かれている。
また、「勝利からは怨みが起こる。敗れた人は苦しんで寝込んでしまう」とあり、また、「全てに打ち勝て」という。因みに、仏陀は性欲に打ち勝つために、美女を目の前に「お前はウンコが入った糞袋だ。糞袋に欲情しない」と言い、美女を怒らせている。
これらの真理のことばは何を表しているかというと、「真理はある」しかし「時と場合によって沢山ある」ということです。
ただ、有る無しで真理を語っても良くない。「今この場所で真理だから」という理屈がまかり通ってしまう。
真理はあくまでも瞬間瞬間の「主体」と「対象物」の関係性で構築される限定的なモノであり、その真理は言語で定義できない。
たとえば、「これはコップである」という事象は、「飲む私」と「飲む道具であるコップ」が「飲む」行為によって同時に現れる。しかし、このコップも状況下で様々なコップになる。テレビを見ながら無意識に飲むビールのコップなのか、友人とカフェに行き紅茶の味を楽しみ飲むコップなのか、茶道を行じ作法に従い敬意を持って扱われるコップなのか。
全てコップと表現されても差し支えないが、同じではない。その存在の仕方が全く違う。これらは茶道において、初心者が作法に注意しながら扱うコップも、熟練者が自然と身体が動き扱うコップか、嫌な事を思い出しながら心が散漫な時に扱うコップかで、同じお茶碗でも存在の仕方が違う。それらを言語化することは出来ないし、概念として扱う事ができない。
しかし、「飲む私」と「コップ」が「飲む」行為で同時に現成していることは真理である。その現成する真理の仕方が一定ではないというだけである。
このことを巌頭禅師は「真理が動いた」と言った。
そして動く真理は、ある行為によって保証されている以上、その行為が終われば見えなくなってしまう。
最後に有るも無いもダメと締めくくります。そもそも有る無しで語る場合、○○が有る、○○が無いとしか言いようがありません。概念として存在しないモノを「無い」と言えない以上、有るも無いも無いのです。見えなくなってしまうことを「無し」とは言えないということです。
瑞巌という僧侶は無門関にも出てきます。
瑞巌は師匠の元を離れ、一人でひっそり修行をします。
その修行は朝起きると、頭の上に大きな石を乗っけて落ちないように姿勢を正し坐禅を行うというもの。そして坐禅中に「おい!主人公!」と自らに呼びかけ、自ら「はい!!」と返事をする。そさらに「しっかりしろ!他に騙されるな!」と自ら言い、「はい!!」と答える。
この主人公は、自分の行為や自分の心で物事の在り様が決まるという意味と捉えられがちです。しかし、これでは西洋の唯心論と一緒です。そうではなく、自らも「ある行為」で存在が確立し、その自己の存在様式も可動可変であるという意味です。
このように主人公も一歩間違えれば、確かな不動の自己がいるかのように捉えられてしまう。
第七十六則「首山三句」
第七十六則 首山三句(しゅざんさんく)
衆に示して曰く:
一句に三句を明かし、三句に一句を明かす。
三一相渉(わた)らず、分明(ふんみょう)な向上の路、
且らく道え、是れ那(なん)の一句か先に在る。
現代語訳
仏道を伝える時、一句の中に三句を伝える時がある。
また、三句の中に一句のみを伝える時がある。
言葉が多いのか少ないのかは関係が無い。問題はその言葉が自身の経験やテーマに刺さり進む道がはっきりと見えるかどうかだ。
さてその道を示してくれる一句とはどんなものか?
本則
挙す。
首山、衆に示して云く、「第一句に薦得(せんとく)すれば仏祖の与(ため)に師となる【猶是万松が児孫】。
第二句に薦得すれば人天の与に師となる【人家の男女(なんにょ)を教壊(きょうえ)す】。第三句に薦得すれば自救不了(じぐふりょう)」【這の不喞嚠(ふしつりゅう)を説くの漢】。
僧、云く、「和尚は是第幾句に薦得するや?」【汝、試みに卜度(ぼくたく)せよ】。
山、云く、「月落ちて三更、市を穿って過ぐ」【三句弁ずべし、一鏃空に遼(とお)る】。
首山・・・首山省念(しゅざんしょうねん)禅師(926~993年)。風穴延沼禅師の弟子。65則にでてくる。
薦得…全部自分のものにする。会得すると同じ。
教壊・・・だますこと。
自救不了・・・自己を救済できない。
不喞嚠・・・愚鈍な人。
卜度・・・心を推し量る事。忖度などと近い意味。
三更・・・真夜中。時計が無い時代は、日の入りから日の出を5分割し、一更から五更に区分した。
市を穿って過ぐ・・・街を真っすぐ突き抜ける。
一鏃空に遼る・・・空に放った矢じりがどこかにいって、どこかに落ちた。
現代語訳
首山禅師が修行僧達に言った。「仏祖の言葉を一つ聞いて会得すれば、諸仏を超える存在となるぞ【この師も私の弟子である】。仏祖の言葉を二つ聞いて会得すれば万人を教え導く存在となるぞ【万人を騙す】。仏祖の言葉を三つ聞いて会得すれば他人も自分も救うことは出来ない【下らない事をいう男がいるものだ】。」
すると一人の僧侶が前に出てきて首山禅師に「首山禅師はいくつの言葉で会得したのですか?」と聞いた【試しに推察してみろ】。
首山禅師は「月が落ちた真暗闇の真夜中に街を駆け抜けて行ったぞ!!」【三句によって、三句がどこかへいってしまった】。
頌
頌に曰く。
仏祖の髑髏一串(いっかん)に穿つ【伊(かれ)が勃跳(ぼつちょう)するに一任す】。
宮漏(きゅうろ)沈沈として密に箭(せん)を伝う【外人の知ることを許さず】。
人天の機要、千鈞(せんきん)を発し【軽きを以て重きを労す】、
雲陣(うんじん)輝輝として急に電(でん)を飛ばす【眨眼(さつげん)すれば蹉過(しゃか)す】。
箇の中の人転変を看よ【計ることは時に臨むに在り】。
賤に遇うては即ち貴、貴には即ち賤【心に本より自同することを知る、所以(ゆえ)に欣怨(ごんえん)無し】、
珠を罔象(もうぞう)に得て至道(しどう)綿綿たり【一念不生全体現ず】。
刃を亡牛(ぼうぎゅう)に游ばしめて赤心片片たり【泪は痛腸(つうちょう)より出づ】。
宮漏沈沈・・・宮漏は宮殿にある水時計。その時計の水が下に刻刻と落ちて行き夜が更ける様。
箭・・・ここでは時計の針のことか。
千鈞・・・重さの単位。一釣が18kgなので1800kgの弩のこと。
眨眼・・・まばたき。
罔象・・・盲目の人。
赤心・・・真心。
現代語訳
第一句は仏祖の髑髏を串刺しにして貫く。静かに他人がいないところで道を伝えていくから他人は知る事が出来ない。
第二句は万人の心に響くだろう。雷のような衝撃が人々に当たる【一瞬だから瞬きで見失う】。物事の見方が一変するぞ。
第三句は会得できる、会得できないの二項対立が見えてくる【会得できた自己も会得できない自己も、共に同時に現成するゆえに楽しみも怨みも無い】。
二元論に捉われない人が仏道を得て、それが綿々と引き継がれていく【一念は不生であり、不生は全体であり、、全体が現成す】。
自由自在に心を巡らして慈悲の心が溢れている。
解説
まず、示衆で一句二句三句とあります。これが何を指すのかの解釈により読み方が変わってきます。
釈尊は初転法輪、中転法輪、後転法輪の三段階で法を説いたと言います。
ざっくり解説すると、初転法輪では四諦八正道を中転法輪では物事の存在は認識によって起こることを、後転法輪では認識する自己(心)も認識なしでは存在できない為、実体を持たないことが示されました。
今回は、釈尊の三句として読み進めていきます。
では、首山禅師の言葉です。
「一句で会得すれば」とあります。独覚と呼ばれる一人で悟れる人もいれば釈尊の言葉一つで多くのことを理解する弟子もいたのでしょう。それらは諸仏を超えているといいいます。
しかし、万松のコメントでは、諸仏を超える人も私の弟子に過ぎないと言います。
「二句を会得すれば」と続き、多くの人々を教え導くでしょうといいます。ここでも、万松は教え導く言葉は男女を騙しているぞとコメントしています。
「第三句を会得すれば」と締めくくり、自己を救う事は出来ないと言います。
なぜ第三句で会得すると自己を救うことができないのでしょうか。ここで先ほどの後転法輪から謎が解けます。
後転法輪では自己の実存を否定します。つまり、会得する自己も救われる自己もそもそも存在せず、さらに救う対象がいないだけでなく「何」から救うのかすらも「何」が無いので救いようがないと言えます。
苦しい、切ない、虚しい、生きづらいと思い仏道を志すとき、四諦八正道を持ち出し苦しみには原因があり救われる道があると導きます。
そして、二句(中転法輪)で物事の存在は自己との関わり合いで限定的に起こるというような物事の見方を一転させる縁起の教えが説かれます。それにより、仏教の見方では「この物は○○だ」と他人にも説明できるようになります。
しかし、これでは不十分であり、その説明は騙していることになります。なぜなら、後転法輪で「この物」も「認識する自己」も誰かに概念化され作られないと予め存在している事にはならず、自己も事物も空であることが示されているからです。
ここまで来れば、あえて物事はこうだとか、仏道はこうだとか、正しい生き方はこれだということ自体が意味を成しません。
第何句で会得できたかはどうでもいいのです。第何句かどうかも意味を成しませんから。
もし、このことが分れば「第何句で会得しましたか?」などの質問は出てこないはずです。
流石の首山禅師は優しい。この質問に丁寧に答えます。真っ暗闇の一句も二句も三句も明らかに見えない時に、目の前の障害物に全くぶつからず突っ切る事が出来る。町の喧騒も全く気にもせずに突っ走ることが出来る。それこそがこの話の髄だと示したのです。
第七十七則「仰山随分」
第七十七則 仰山随分(ぎょうざんずいぶん)
衆に示して曰く:
人の空(くう)に画(えが)くが如き、筆を下せば即ち錯(あやま)る。
那(なん)ぞ模(も)を起こして様(よう)を作すに堪えん。
甚麼(なに)を為すに堪えんや。〇。
万松、已に是詮索(せんさく)を露わす。
条あれば条を攀(よ)じ、条無ければ例を攀ず。
空に画く・・・虚空に字を書くこと。
詮索・・・詮は木の釘、索は縄のこと。
条・・・条文のこと。ここでは規律や各々の寺院で決まっている規則。
例・・・条文に対して、明確には決まっていないが慣習や通例で決まっている事柄。
現代語訳
「空」を描こうとすれば、それはもはや「空」ではないから誤りだ。
何かの形で表し、何かの色彩で表そうと試みても無駄な事だ。形も色彩も概念も言語もないのが「空」だ。
どのようにも表現出来ず、どのように表現しても誤りだ。〇。
さて私(万松行秀)が円を描いたぞ。しかし、描いた痕跡が残るだけであり無駄なことだ。
しかし、歴代の仏や師の修行方法があればそれに従おう。明確な修行方法が無ければ慣習を見て学んでみるが良い。
本則
挙す。
僧、仰山に問う、「和尚還って字を識るや否や?」【是甚麼の字ぞ】。
山、云く、「分に随う」【仁に当たって譲らず】。
僧、乃ち右旋一匝(うせんいっそう)して云く、「是れ甚麼の字ぞ?」【已に偏傍を見る】。
山、地上に於て箇の十の字を書す【更に画点を書す】。
僧、左旋一匝(させんいっそう)して云く、「是れ甚麼の字ぞ?」【半満倶に分かる、形声と転注と】。
山、十の字を改めて卍の字となす【機輪転ずる処智眼猶迷う】。
僧、一円相を画いて両手を以て托(ささ)げて修羅の日月を掌(たなごころ)にする勢いの如くにして云く、
「是れ甚麼の字ぞ?」【細やかに切脚を看よ】。
山、乃ち円相を描いて卍字を囲却す【天下衲僧超不出】。
僧、乃ち楼至(るし)の勢いをなす【門外の金剛汝を笑わん】。
山、云く、「如是如是、汝善く護持せよ」【空を関し夢を鎖して牢(かた)く掌に収む】。
仰山・・・仰山慧寂(840~916年)。爲山霊祐禅師の弟子。15則、26則などに頻出する。
分に随う・・・身分相応。分別に随う。
偏傍…偏は漢字のへん。傍は漢字のつくり。漢字の右と左。
半満・・・文字の半分と、文字の全部。
形声と転注と・・・ここでは、文字の全部が分かること。
切脚・・・切は文字一つで違う意味を持つことを指す。例えば「生きる」と「生える」のような。脚は文の注釈。
楼至・・・サンスクリット語の音写で充てられる。楼至如来のことで過去現在未来の千仏の最後に現れる如来のこと。また薬王菩薩とも韋駄天ともいわれる。ここでは、特になんでもいいので「走る真似」という表現に訳しておく。
現代語訳
ある僧侶が仰山禅師に「仰山禅師は文字を知っていますか?」と聞いた【これは通常認識される文字ではないぞ】。
仰山禅師は「分相応に知ってはおる」と答えた【仰山禅師は丁寧に答えてくれる、なんでも聞いた方が良い】。
すると僧侶はその場で右回りにくるっと回って「これは何の字ですか?」と聞いた【文字の全体が見えるぞ】。
仰山禅師は地面に棒で「十」の字を書いた【点の集まりは線であり、線が集まると字に見える】。
それを見た僧侶は、今度は左回りにくるっと回って「これは何の字ですか?」と聞いた【文字の全体が現れるぞ】。
仰山禅師は先程書いた「十」の字に線を書き足し「卍」という字にした【この仰山禅師の機転はこの僧侶には難しかったかな】。
それを見た僧侶は、空中に〇を書いて、勢いよくその〇を持ち上げて握りつぶした。そして、仰山禅師に向かって「これは何の字ですか?」と聞いた【文字の根拠を見ないと文字が表す概念も分からない、同じ漢字で読み方が多数あるぞ】。
仰山禅師は先程書いた「卍」の外側に円を書き「卍」を〇で囲んだ【優れた禅僧でもこの円から抜け出すことは出来ない】。
僧侶は先程よりもさらに激しい勢いをもって走る真似をした。
仰山禅師は「そうだ。それで良い(^O^)。それを忘れずに持っていなさい。」と言った【持ち続けるものなどどこにもない、無所得、無所悟を守るのだ】。
頌
頌に曰く。
道環の虚盈(み)つること靡(な)く【雪を担って何を塡(うず)む】、
空印の字未だ形(あらわ)れず【切に彫刻を忌む】、
妙に天輪地軸を運(めぐ)らし【権衡手に在り】、
密に武緯(ぶい)文経(ぶんけい)を羅(つ)らぬ【将相の全才】。
放開揑聚(ねつじゅ)【睦州猶在り】、独立周行【老氏復生ず】。
機は玄枢(げんすう)を発して青天に電を激す【手を措(お)くこと及ばず】。
眼に紫光を含んで白日に星を見る【四天下を照破す】。
道環の虚・・・虚空の円相。
天輪地軸・・・天動説から出た言葉。
武緯文経・・・緯は織物の横糸、経は織物の縦糸。武と文が備わっていること。
放開揑聚・・・放開は明け放つ。揑聚は寄せ集め。自由にさせない事。
睦州・・・放開揑聚の言葉を持ち出して指導した人。
独立周行・・・自由に動ける。
機は玄枢を発して・・・機は複雑な仕組み。複雑な機械が車輪を動かし車が進むこと。複雑な心意識の働きにより虚空の円相が回り始める。
眼に紫光を含んで・・・眼光が鋭い。
現代語訳
空に描いた一つの円は、善悪の二元論もなく、認識分別の入る余地がない【河に雪を沈めようとしても不可能なのと一緒だ】。
その空の意味を文字で表すことなどできない【書こうとしても無駄だ】。
自由自在の僧侶の行為を仰山禅師は〇で捕まえた。
その力量は複雑な絡繰りの車を動かすように、鋭い眼光で昼間に星を見るようだ。
解説
まずは示衆からの解説です。
「空」に描きという表現を用いています。この「空」が「何も無い空間」を表すのか、「概念化しない○○」のような恁麼(そのようななにか)を表すのかで大きく解釈が異なります。さらに、「概念化しない○○」を真理や言葉で表せない超越的な悟りとして読むのか、本来意味を成さず勝手に言語化された事物として読むのか、人によって読み方が異なるでしょう。
おそらく、仏教にちょっと触れただけで読むと「何も無い空間」に文字を書くという読み方になるでしょう。また、仏典を読み理解し仏道を分かった風に勘違いしている学識ある人は超越的な悟りや真理と読みでしょう。
私は上記の読み方をしません。あくまでも、悟りも真理も分からないモノとして捉え、ここでは概念化言語化されない「そのようなもの」として空を捉えていきます。
さて、そのように読むと、この文は「我見による見方を客観的な概念、言語で表そうとすると必ず誤る」と読むことが出来ます。
郵便ポストを見た時に、ポストとは自分が郵便物を入れるという行為に基づき、入れた瞬間にのみ「郵便を出す自己」「郵便ポスト」が現れる。その前から郵便ポストがあるわけでも無く、郵便を出す自己が居るわけでも無い。いや、郵便ポストを前もって認識しているから郵便が出せたのだろうと思うかもしれないが、郵便ポストが郵便ポストである確かな根拠はそこに無い。誰にも証明が出来ない。であれば、郵便ポストは丸いだの四角いだの、赤いだの黒いだのと定義することは出来ない(那ぞ模を起こして様を作すに堪えん)。ここで現れる郵便ポストがどのような形かどのような様相を呈しているのか、そのことを郵便ポストを入れる自己と同時に現成する時に全く問題ではない。
そして、万松行秀は〇を書き「この〇は意味がなく、丸の痕跡が残っていると錯覚しているのみだ」と言います。
つまり、「○○の行為をする自己」「恁麼(対象物)」という関係性で瞬間的に現成する時に、どのような行為をもって現成させるかが修行(行為)であり悟り(証明)であるということです。この時、修行の結果、悟り(証明)があるということではなく、修行の時、同じく悟り(証明)があるから、結果そのように見える痕跡は錯覚であると言います。
そして、その行為(修行)をどのように組み立てていくかは、修行する寺の箴規に基づけばいいのです(条あれば条を攀じ)。もし、箴規の無い場所に居るのであれば、過去の祖師方の行いに思いを巡らして前例に倣うか、前例を基に組み立てていけばいいのです(条無ければ例を攀ず)。
次に本則です。
僧侶が「仰山禅師は文字を知っているか?」と聞きます。文字とは全て何かを指します。何も指さず、何も表さない意味の無い文字は存在しません。その文字が何を指して、何を表すのか知っているか?と聞いています。
すると仰山禅師は随分(分相応に随う)と言います。随うと言っている以上、自我意識による認識ではなく、そのように認識される範囲内で、必要に応じて使用しているという意味です。砂漠に行って、五月雨・霙・時雨・俄雨などの言葉は必要ないでしょうし、北極で生活する上でヒトコブラクダもフタコブラクダも区別する必要は生じません。
あくまでも、文字が何を指すのかは今の状況に応じて決まり、それに只随うだけであるということです。
そして、それを聞いた僧侶は右回りして「この文字は何だ?」と言います。これは、この行為をどのように言語化し文字にするのか?今の状況に随って表してくださいということです。
仰山禅師は地面に十の字を書きます。これは何?と問題提起した時に表す言葉を知らなければ仮に設定します。僧侶が右回りする現象を仮に十と設定することで「十」が僧侶の行為を現してる。次に左回りすれば、卍と仮に設定される。
僧侶はその答えを見て、虚空に円を書いて握りつぶした。つまり、仮に設定された文字は、その行為が終わった以上意味を成さないことを仰山禅師に示したのです。虚空の円に痕跡など残らないのだから、円に分別を持って「○○」と定義することが不可能である。
仰山禅師は先程の卍を〇で囲んだ。痕跡が残らない〇を示した僧侶に痕跡が残る地面の〇を書いたが、その地面の〇にも意味がなく、不能語(意味が無い以上文字ではない)であることを示した。つまり、地面に〇を書いても意味や概念の痕跡など無いのである。
僧侶は楼至如来の真似をした。一瞬の真似は本物であろうし、真似をしている瞬間のみ如来である。しかし、一生真似を続ける事は出来るだろうか。仰山禅師は護持しろ、つまり真似を続け本物になれと言った。しかし、私は如来だという自認も用いて真似は出来ないから無所得無所悟の真似となるとコメントされています。
第七十八則「雲門餬餅」
第七十八則 雲門餬餅(うんもんこびょう)
衆に示して曰く:
絻天(ばんてん)に価を索(もと)むれば搏地(はくち)に相酬(むく)う。
百計経求(けいぐ)一場の麼羅(もら)。
還って進退を知り休咎(きゅうきゅう)を識る底ありや。
絻天・・・満天。
搏地・・・満地。
経求・・・様々な手段を用いること。
麼羅・・・28則に出てくる言葉。原文は心遍がつく。恥という意味。
休咎・・・善悪とか是非という二元論のこと。休は吉、咎は凶。
現代語訳
仏道に最高の安楽を求めて修行をすれば、最低の地獄の報いを受ける。
多くの試行錯誤を用いて修行に臨めば恥をかく。
これらは真の出家者のやり方ではない。ではどのような修行を行い、良し悪しを知るのだろうか?
本則
挙す。
僧、雲門に問う、「如何なるか是超仏越祖(ちょうぶつおっそ)の談?」【此の問、太高生】。
門云く、「餬餅(こびょう)」【一挙四十九】。
雲門・・・雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師(864~949年)。雪峰義存禅師の弟子。
太高生・・・はなはだ高慢なこと。
餬餅・・・胡麻餅。
現代語訳
ある僧侶が雲門禅師に聞いた。「仏を超え、祖師を越える究極の仏道を言葉でどのように言い表しますか?」【この問いは高慢だ】。
雲門禅師は「ゴマ餅」と答えた【釈尊の仏道を一言で説いた】。
頌
頌に曰く。
餬餅を超仏越祖の談と云う【一大蔵経も詮注し及ばず】。
句中に味無し若為(いかん)が参ぜん【甚の処に口を下さん】。
衲僧、一日如し飽くことを知らば【始めて知る餬餅醍醐毒薬なることを】、方(まさ)に見ん雲門の面慙(は)じざることを【雲門、人を見るに眼無し】。
味無し・・・ここでは味がしないという意味ではなく、なんとも表現し難い味と訳しておく。
若為が参ぜん・・・若為は如何と同じ意味。平仄の関係でこの字を使っている。参は参究などの究め尽くすこと。
醍醐・・・乳の発酵食品。最上の味と伝わるもの。ここでは最上の仏法。
現代語訳
雲門禅師はゴマ餅を仏祖超越の言葉だと説いた【膨大な大蔵経もこの言葉に注釈など入れられないだろう】。
ゴマ餅の言葉にある何とも言い難い仏道の味わいをどのように研究すれば良いのか。いや研究の仕様がない【口に入れようが無い】。
出家者がこのゴマ餅を食べ、味を知ったならば【ゴマ餅は最上の味でもあり薬でもあり毒でもある】、自分の仏道が全く恥ずかしくないことが分るだろう【雲門はどんな人にでもゴマ餅を差し出すだろう】。
解説
雲門禅師はこの従容録に13回も出てきます。さらにメインの登場人物としては9回にも上ります。
雲門禅師が登場する話の殆どが雲門禅師が勝手に一人で話しているか、質問に対して一言しか述べないかのどちらかです。
さてゴマ餅の言葉はこの後の82則にも出てきます。解説は82則に持ち越しておきます。
しかし、超仏越祖の言葉だけ取り上げておきます。仏に成るとか、師匠を越えるという概念において仏に成る事を誰が認めるのかが重要になります。「仏」と定義される何かの状態があれば、仏に成った人しか「あなたは仏です」と言えないはずです。しかし、仏陀は授記といって「あなたはいつか仏に成るでしょう」とは言いますが、「あなたは仏です」とは言いません。道元禅師も祖師方も弟子に対して「仏に成った」とは言いません。
であれば、仏を超えるという表現も仏が定義されていない以上、超えるとか越えられないという次元の質問ではなさそうです。
そして「談」という言葉がついているのは「言語化」してくださいという意味です。
仮に仏を設定し仮に超える事が可能であり、仮に超えたとして、それをどのように言語にするのか?と問いかけたわけです。
さてこの記事を読んでいる皆さん。リンゴを食べたことが無い人にリンゴの味をリンゴを用いずにどのように伝えるでしょうか。さらに、リンゴが存在しない世界でリンゴと言う存在しない果物を仮に設定しリンゴの味をどのように伝えるでしょうか。
82則までに宿題にしておきます。
第七十九則「長沙進歩」
第七十九則 長沙進歩(ちょうしゃしんほ)
衆に示して曰く:
金沙灘頭(きんしゃだんとう)の馬郎婦(ばろうふ)、別に是れ精神、
瑠璃瓶裏(るりびょうり)に鎡餻(じこう)を擣(つ)く。
誰か敢(あ)えて転動せん。
人を驚かす浪に入らずんば意に称(かな)う魚に逢い難し。
寛行大歩(かんこうだいほ)の一句作麼生(そもさん)。
金沙灘頭・・・陝西省の地域。観音霊場の話に登場する。
馬郎婦・・・観音霊場の話。馬頭観音が美女の姿で現れた。男たちは結婚を申し込むが、馬頭観音から条件を出される。まず、観音経を一晩で覚える事を提示すると20人の男たちが覚えてきた。次に、金剛経を一晩で覚えてくることを提示した。すると10人の男が覚えてきた。次に、法華経を一晩で覚えてくるように言った。すると覚えてきた男が1人いた。その男の名字は馬といった。
約束通り、馬頭観音は馬と結婚式を挙げた。しかし、結婚式の最中に馬頭観音は体調が悪くなり死んでしまった。そこに旅の僧侶がきて火葬をすると金の骨が残った。僧侶は「観世音菩薩の化身であったから有難い骨が残った」と言い虚空に消えていった。
それ以降、陝西省に仏教が広まっていった。
この馬に嫁いだ女性を「金沙灘頭の馬郎婦」という。観世音菩薩が身を転じて人々を教化するエピソードを挙げている。
瑠璃瓶・・・ガラスの器。
鎡餻・・・栗餅といわれる。
寛行大歩・・・大きく手を振って自由に闊歩すること。
現代語訳
人を教化するとき、観世音菩薩のように相手の身に応じて姿を変えあらゆる手段を使う。
逆に自分の立場に固執して相手に合わせる事ができないと、お互いに衝突して傷を負ってしまう。
例えば、ガラスの臼で餅を搗くようなものだ。ガラスという性質を転じなければ臼が割れて餅を搗くことができないようなものだ。
荒れ狂う波の中に飛び込むように、我を捨てて相手の懐に飛び込まなければ、良い魚は得られない。
大手を振って相手の身に転じて教化する一句を見てみよう。
本則
挙す。
長沙(ちょうしゃ)、僧をして会(え)和尚に問わしむ、「未だ南泉に見(まみ)えざる時如何?」【早晨に粥有り】。
会、良久(りょうきゅう)す【問著すれば更に屎臭気(ししゅうき)】。
僧、云く、「見えて後如何?」【更に与に挑剔(ちょうてき)す】。
会、云く、「別に有るべからず」【只屎埋裏に向かって躂倒(たっとう)す】。
僧、廻(かえ)って沙に挙似(こじ)す【走口送舌の漢】。
沙、云く、「百尺竿頭に坐する底の人【竿下底一場の懡儸(もら)】、然も得入すと雖も未だ真と為さず【孤危立せず道方(まさ)に高し】。
百尺竿頭に須らく歩を進むべし【甚底(なんぞ)大いに箇の割捨(かっしゃ)するが如くなる】。十方世界是全身」【始めて信ず、蒲団是天にあらざることを】。
僧、云く、「百尺竿頭如何が歩を進めん?」【果たして這箇の在る有り】。
沙、云く、「郎州の山、澧州(れいしゅう)の水」【築著磕著(ちくじゃくかつじゃく)】。
僧、云く、「不会」【可煞(はなはだ)聡明】。
沙、云く、「四海五湖王化の裏」【勃跳するに一任す】。
長沙・・・長沙景岑(ちょうしゃけいしん)禅師(???~868年)。南泉普願禅師の弟子。
会(え)和尚・・・伝承なし。おそらく南泉禅師の弟子か。
良久・・・やや久しくすると読む。しばらく無言でいること。
挑剔・・・つつくこと。ここでは暴くこと。吟味して明らかにすること。
竿下底一場の懡儸・・・笹の上から降りてこない人を見て、恥知らずの馬鹿だと思う。
孤危立せず道方(まさ)に高し・・・素晴らしい人は偉ぶらない。
蒲団・・・この蒲団は坐禅の際に敷く座蒲のこと。
郎州の山、澧州(れいしゅう)の水・・・郎州は山辺の地域のこと。澧州は川辺の地域のこと。
四海五湖・・・世界中という意味。
現代語訳
長沙禅師が弟子に「近くで会和尚という方が修行をしているから、仏道について聞いて来なさい」と言った。
弟子は会和尚の処へ行き、会和尚に質問した。「会和尚がまだ南泉禅師(長沙と会の師匠)に出会っていなかった時はどのような心持ちだったのでしょうか?」【朝にお粥を食べるように、食べる前と食べた後を聞いているのか】。
会和尚はしばらく黙っていた【この問いには糞の匂いがする】。
何も言わない会和尚に弟子は「では、南泉禅師に出会ってからは心持ちがどのように変化したのでしょうか?」と聞いた【さらに心持ちを明らかにしようとしている】。
会和尚は一言「別に・・・、変わったことはない・・・」と言った【肥溜めで尻持ちをついたぞ、汚い!】。
弟子は長沙禅師の元へ帰り事の顛末を話した【言葉だけを伝える男だ】。
長沙禅師は会和尚を褒め称えて「仏道を歩み昇り、30メートルの竹の頂上まで到達した男だ!【竹の下から見ると馬鹿に見えるだろう】。」と言った。
しかし、その後に長沙禅師は「頂上で到達して座り込んでいるといっても、まだまだ不十分だ【高尚に見える人は高尚ではない】。その頂上から更に一歩踏み込まなければならない【身を捨てて我を手放すことは難しい】。踏み込めば全ての事物が自己全身の現成となる【蒲団を蒲団だと思い込んでいたか】。」と会和尚の酷評をした。
すると弟子が「竹の頂上から一歩踏み込んだら落ちちゃいますよ。」と言った【そりゃ落ちるわ】。
長沙禅師は「山は山であり、川は川だ。」【眼耳鼻舌身意全てが法身だ】。
弟子は「意味が分かりません」と言った【いいぞ、分からないと言えるのは利口だ】。
長沙禅師は「自己が認識する物質現象は認識するから存在するのだ。存在することに任すように、身を任せ頂上から一歩踏み出すのだ。」と言った。
頌
頌に曰く。
玉人(ぎょくにん)夢破る一声の鶏【眼を開いて暁を覚えず】、
転盻(てんぺん)すれば生涯色色斉(ひと)し【無尽蔵中受用(じゅゆう)し了(おわ)らず】。
有信(ゆうしん)の風雷(ふうらい)出蟄(しゅっちつ)を催し【節気相饒(ゆる)さず】、
無言の桃李(とうり)自ずから蹊(こみち)を成す【水到れば渠成る】。
時節に及んで耕犁(こうり)を力(つと)む【避くる者は做(な)さず】、
誰か怕(おそ)れん春疇(しゅんとう)脛(はぎ)を没する泥(でい)【做(な)す者は避けず】。
玉人・・・立派な人。成功した人。
転盻・・・見渡す。
有信(ゆうしん)の風雷(ふうらい)・・・春一番と雷が春を告げる。
出蟄・・・春になって虫が出てくる。
春疇・・・春の田んぼの畝。
現代語訳
竿頭進一歩は立派な人が夢から覚めるようなものだ【眼を開いても朝日を見なくては覚めていない】。
眼が覚めれば、見方が変わり景色が一変するだろう【物の在り様は無限だ】。
春一番が吹き、雷が鳴り、虫が地面から這い出てくると春の香りがする【季節は明確な区分がない】。
桃や梅の花は何も話さないが、花見に来る人々が自然と道を作る【水が流れれば自然と溝ができる】。
季節になれば畑を耕し種を植えることに励む【励まない者は何も成せない】。
生活の為に努力を惜しむ者はいないだろう【成せるものは苦労を避けない】。
解説
竿頭進一歩という有名な語句がテーマです。
竿の先から一歩踏み出せば落ちてしまうと普通の人は考える。しかし、落ちる身はどこに在るのだろうか?
会和尚の「別に、変わらない」という言葉は不十分であるという長沙禅師。変わらないのでは過去現在未来の自己が一貫していることになる。それでは自己の身を捨てる事が出来ない。
特に修行道場のような集団生活では我が強すぎるとろくなことがない。自分の常識、自分の正義、自分の考えを持つ人が多数集まると修行道場に関係なく衝突がおこる。学校のいじめ問題がよく取り出されるが、会社でも老人ホームでも、人が一定数以上あつまれば同じことが起こる。かつては村単位でいじめが行われていたのだから。
集団生活せずに一人で修行すればいいじゃんと思うかもしれないが、デメリットよりもメリットの方がはるかに多い。まず、人は基本的に怠ける生物です。合理的に理論的に「動かなければ」「励まなければ」と頭で分かりながらもグダグダしてしまう。後でやろう、5分経ったらやろうと。しかし集団では周りからせかされる。決まった時間に決まった行為をするとなればよっぽど図太くなければ強制的に励む。そもそも図太い人に仏教はいらない。
次に周囲から受ける良い刺激が多い。先ほどの怠けると一緒だが、やり始めはモチベーションが高く一人でも動ける。しかし、時間が経つにつれモチベーションが低くなる。その時に周囲にストイックに、こちらが恐れおののくほど努力する人が一定数いる。モチベーションが強制的に保たれる。私が永平寺に居た時に、坐禅が終わり僧堂から出た際に「今日、僧堂で蝉が鳴いていた。蝉が命がけで鳴いているのだから、自分も命がけで身命を捨て坐禅しなければ」と言っている修行僧がいた。ここまでくると変態だが、このような変態がいるお陰で周りもモチベーションが保たれるのだ。
3つ目に、縁起の観点から対人との関係性の構築を行える。これは、器を器として扱う時に「器を扱う自己」と「器」が現成するという理論と同じだ。対人関係においても、敬意を持ち相手に接し、執着なく人間関係を築くことにより、友にも勝るサンガを持つことが出来る。3つ目のメリットをよく理解していれば我が強くなることも本来ないのだろう。
示衆では、人が人と相対する時、観世音菩薩のように相手の身に現ずるとある。
これは法華経観世音菩薩普門品に出てくる。帝釈天と相対するとき自分も帝釈天となり、幼児に相対するとき自分も幼児となるように、相手に合わせることが説かれている。相手に身に合わせる時、自分の思い、自分の常識、自分の正義を持ってしまっては合わせられない。あくまでも相手の考え思い常識は何か探り共感し問題を共有し、共に考え、その上で仏道に照らすのである。
本則では自分の心持ちへの執着がどのように扱われるかがテーマになっています。
会和尚は優秀なのでしょう。竿の頂上にいるという表現は、まさに修行道場におけるトップを指します。弟子との問答でも、自分と言う存在が仏道によって違う存在になることは無いと言い切ります。なぜなら、自己を扱う自己により自己はいかようにもなるし、師に出会う前の自己を問われても、それを扱う自己は今の自己である。弟子の質問は過去の自己を聞いてきたが、過去を扱う今の自己としてか答えられない。ここで答えてしまえばナンセンスだ。師に出会ったあとの変化にしても、今の自己が何かによって変化することは無い。それは以前記述した龍樹祖師がいうところの木が燃えて灰になることはなく、木は木として存在し続け、木が灰になることは無いという理屈と同じである。
次に長沙禅師の評価がなされます。
長沙禅師が会和尚を評価する時、七言絶句を使います。先まで上り詰めた人は手を放し一歩進むのだと。自己が変化しないとはニュアンスとして自己が一貫しているともとれる。ここを長沙禅師は指摘しているわけです。
一貫しているわけではなく、限定的に現れる自己であり、固執する過去の自己も今の自己も無いというのである。だからこそ、固執する自己を手放す為に竿のてっぺんから一歩踏み出せという。
このことが弟子には分からなかった。長沙禅師は丁寧に教えます。山を見た時に「山」の存在は山が認識される条件下のみで成立し、だれも山が山たりうることに執着はしていない。川も「川」を認識し扱う条件下のみで存在し、川であることを守ろうとすることもない。
であれば、守るべき自己も無いであろう。なぜなら限定的に今この瞬間にしか扱えない自己であるからと説きます。
余談ですが、とあるビジネス本に竿頭進一歩を「目標を達成したと思っても努力を怠るな」という意味として紹介されていたそうです。確かにそれらしい解釈ですが、おそらくこの解釈をとる僧侶はいないでしょう。なぜなら、手放し落ちていくことこそが進一歩だからです。
第八十則「龍牙過板」
第八十則 龍牙過板(りゅうげかばん)
衆に示して曰く:
大音(だいおん)は声希(まれ)に、大器は晩成す。
盛忙百閙(せいぼうひゃくにょう)の裏(なか)に向かって呆(ほう)と佯(いつわ)り、
化故千年の後を待って慢㤆(まんばん)す。
且らく道え是如何なる底の人ぞ。
化故・・・年月が経つこと。
慢㤆・・・慢は心が緩むこと、㤆は心が急ぐこと。心の緩急。ここではぐずぐずしているという意味。
現代語訳
大声を出す人は普段あまり騒がない。同様に大力量の人は、ここぞというタイミングで成功する。
だから、普通の人には理解されにくい。常人なら慌てふためく場面でもボケーっと馬鹿のように振舞う。能ある鷹は爪を隠すように長い年月が経とうが悠々と爪を隠し待つ。
このような人は如何なる人であろうか。
本則
挙す。
龍牙、翠微に問う、「如何なるか是祖師西来意?」【一廻拈出すれば一廻新たなり】。
微、云く、「我が与(ため)に禅板(ぜんばん)を過し来たれ」【本を著けて利を図る】。
牙、禅板を取って翠微に与う【兀兀瞠瞠(ごつごつとうとう)】。
微、接得して便ち打つ【情に是なることを知る】。
牙、云く、「打つことは即ち打つに任す、要且つ祖師西来意無し」【半ば肯がい、半ば肯がわず】。
又臨済に問う、「如何なるか是祖師西来意?」【頑皮癩肉】。
済、云く、「我が与に蒲団を将ち来たれ」【好本多同】。
牙、蒲団を取って臨済に与う【将錯就錯】。
済、接得して便ち打つ【順手骨桗(じゅんしゅこつだ)】。
牙、云く、「打つことは即ち打つに任す。要且つ祖師意無し」【恁(かく)のごとく軟頑することを得】。
牙、後に住院(じゅういん)す。
僧、問う、「和尚、当時(そのかみ)翠微と臨済とに祖意を問う。二尊宿明かすや也未だしや?」【貧児旧債を思う】。
牙、云く、「明かすことは即ち明かす。要且つ祖師意無し」【焦塼打著す連底の凍】。
龍牙・・・龍牙居遁(りゅうげことん)禅師(835~923年)。洞山良价禅師の弟子。
翠微・・・翠微無学禅師(???~???年)。丹霞天然禅師の弟子。
禅板・・・坐禅の時に身を預ける板。倚板ともいう。
兀兀瞠瞠・・・兀兀は不動の形容詞。動かずに凝視している。
接得・・・受け取る。ここでは手で受取るという意味と師から仏道を受け取る意味も含む。
要且つ・・・中国の俗語で結局、つまり、やはりという意味がある。
臨済・・・臨済義玄(りんざいぎげん)禅師(???~867年)。黄檗希運禅師の弟子。13則などに出てくる。
蒲団・・・座蒲。坐禅の時に使う丸いクッション。
好本多同・・・手本と全く同じ。
将錯就錯・・・あやまりをあやまりによってしめす。
骨桗・・・棒きれ。
軟頑・・・のろま。
住院・・・行脚を止めて寺院に留まり修行すること。
尊宿・・・宿は積み重ねるの意味。目上の僧侶に対する敬称。宿老などと同義。
現代語訳
龍牙が翠微に質問した。「仏道の極意とはなんであろうか?」【よくある問答だ】。
翠微が「私に禅板を持ってきてくれ」と言った【なにか魂胆があるな】。
龍牙は言われたまま翠微に禅板を渡した【何も言わずに意図を探っているようだ】。
翠微は受け取ると龍牙をビンタした【思いやりを持った行いだ】。
龍牙は「叩きたいならいくらでも叩くがよい。しかしそこに仏道の極意は無いぞ。」と言った【半分納得できる】。
今度は臨済に質問してみた。「仏道の極意とはなんであろうか?」【愚かな質問だ】。
臨済が「私に座蒲を持ってきてくれ」と言った【お手本通り】。
龍牙は言われたまま臨済に座蒲を渡した【誤まりももって誤りを示した】。
臨済は受け取ると龍牙を棒で叩いた【今度は棒切れで叩いたぞ】。
龍牙は「叩きたいならいくらでも叩くがよい。しかしそこに仏道の極意は無いぞ。」と言った【愚かな奴だ】。
その後、龍牙はある寺で腰を据え修行していた。するとある僧侶が、かつて龍牙が仏道の極意など無いと言った話を聞き意図を質問した。「龍牙和尚は当時、翠微と臨済に仏道の極意を質問したようですが、どのような答えが返ってきたのですか?」【この僧侶が今聞いても昔の話だ】。
龍牙は「二人とも言い得るところまでは言い切った。しかし、結局そこに仏道の極意などは無かった」と答えた【龍牙の無は焼け石を氷に突っ込むようなものだ】。
頌
頌に曰く。
蒲団禅板(ふとんぜんばん)龍牙に対す【計(はかりごと)穏やかにして背を屠ることを甘(あまな)う】。
何事ぞ機に当たって作家(さっけ)ならざる【人を咬む狗は歯を露わさず】。
未だ成褫(じょうち)して目下に明なることを意(おも)わず【人遠見する無し】。
流落(りゅうらく)して天涯(てんがい)に在らんとすることを恐る【必ず近憂有り】。
虚空那(なん)んぞ剣を挂(か)けん【鋒鋩(ほうぼう)の事を仮(か)らず】。
星漢(せいかん)却って槎(さ)を浮かぶ【別に向上の一路有り】。
不萌(ふもう)の草に香象(こうぞう)を蔵(かく)すことを解し【仏眼見れども見えず】、無底の籃(らん)に能く活蛇(かつじゃ)を著く【一般に拈弄して君と殊なり】。
今日江湖(ごうこ)何の障礙(しょうげ)かあらん【太平に忌諱(きき)無し】。
通方(つうほう)の津渡(しんと)に舡車(こうしゃ)有り【何の処か風流ならざらん】。
機に当たって・・・ここでの機は心の動きを表す語句ではなく、機会のこと。その場という意味。
作家・・・力量を供えた人。
成褫・・・褫は奪うという意味。ここでは現成と同じ意味。
流落・・・落ちぶれる。
天涯・・・故郷を思い空を眺める。
星漢・・・天の川。
槎(さ)・・・いかだ。
籃(らん)・・・竹かご。
江湖・・・長江と洞庭湖のこと。この二箇所で仏道修行が盛んにおこなわれていた。
通方・・・いたるところ。
通方・・・船の渡し場。
現代語訳
座蒲も禅板も龍牙への答えだ【甘んじて打たれたのは意図があるからだ】。
龍牙は翠微と臨済からの答えを貰う機会を逃した【犬が人に咬みつく時、歯は見えない】。
それは、相手の極意を奪って自分のモノにしようなどしてはならないからだ。
自分が思う仏道の極意がたった1人だけのものであっても構わない【遠くばかりを見ていると足元をすくわれるぞ】。
虚空にどうやって剣を立てかけようぞ【不確かな自己を拠り所とはしない】。
天の川に筏を浮かべるように、伸びない草に象を隠すように。
また、底の抜けたバケツに毒蛇を入れるように、仏道に険しい道などないように。
縦横無尽に往来できる船着き場はそこにあるぞ。
解説
原文そのままを読むと、祖師の西来意とは達磨大師がインドから中国に来た意味を表すが、タイムマシンでもない限り分かりません。
ここでは、達磨大師が伝えた仏道そのものを質問していると解釈します。
「仏道」「仏法」「仏教」とは何かと問われると答えに困ります。おそらく答えに困る宗教は仏教くらいでしょう。学者やちょっと仏教をかじった人であれば「諸悪莫作修善奉行~~~」や「御仏の教え」や「宇宙の真理を~~」と答えるでしょう。キリスト教徒に聞けば「聖書に基づく神の信仰」と答えるでしょう。
しかし、実践者である僧侶はこの仏道を自分のテーマに沿ったツールとして使います。道具のように使うのであれば、使い方も人それぞれです。さらに「聖書」や「絶対の真理」といった概念を持ち込みません。八万四千の経典や様々な規範によって実践される仏教は一概に○○が仏教とは言えないのです。実際、仏陀の教えに四諦八正道というものがあり、苦しみには原因があり原因を滅する方法があり、方法には八つの実践(八正道)があると説かれます。しかし、どの経典にも具体的に八正道は記述されません。どの人にも、どんな苦しみにも、どんな環境においてもこれさえやっておけばOKという事が書かれていないのです。
であれば、自分で組み立てるか、近い苦しみをテーマにしている人か近い環境に居る人が組み立ててくれた実践に従うしかないのです。従った後で、自分なりに工夫するのはいいでしょうが、自分がこうしたいからという思いを前面に押し出しても仏道から遠く離れてしまいます。
この記事を読んでいる皆さんも気をつけてください。坐禅をしていればOK,念仏を唱えてれば必ず浄土に行けるなどという人は本当の愚か者か、ペテン師か詐欺師です。○○していればOKという宗教ではないから難しく流行らないのでしょう。
このことを踏まえて読んでいきましょう。
示衆では能ある鷹は爪を隠す的な事が書かれ、おそらく龍牙禅師のことを指しています。
しかし、爪を隠すことが目的では無さそうです。真の実力者はそもそも力を発揮する時以外は自然と力を出さないという事が言いたいのでしょう。目的や手段ではなく自然とそうなるという事です。
そして、本則に従えば爪を隠すどころか馬鹿のように振舞うのが龍牙禅師です。
まず、翠微に質問します。翠微は禅板を持ってこいといい、持っていくと叩かれる。
龍牙禅師は叩けばいい、しかし仏道の極意など無いと言います。
この話では禅板が何かはどうでもいいです。○○を持ってこいと言っている以上、○○という概念も持ち行動しているだろうということです。仏道の極意も同じく「仏道の極意」という概念を客観的に示してくれないと「これが仏道の極意」だとは言えません。まず聞くのであれば「仏道の極意」は「○○のように定義される概念です」と示さなければいけません。それが無い以上答えようがない。それが答えだと言います。しかし、その答えでは「仏道の極意」は概念化されないと分かっても、翠微は何をテーマに自身の仏道を組み立てているのかが見えてきません。なので祖師西来意無と言ったのです。概念化されないけれども仮に設定したテーマくらいは聞いておいても良かったのでしょうか?
臨済も同じです。
この話はここで終わりません。後日、僧侶が龍牙禅師に「二人の答えは?」と聞きます。龍牙禅師は「言えるところまで言ってくれた。しかし、そこに仏道の極意は無い」と言います。もし、翠微や臨済に質問した時に、その質問が来たら龍牙禅師の答えは違っていたでしょう。なぜなら、翠微と臨済と共に修行して同じ仮の仏道を歩んでいるのだから、その仏道が自分のテーマにどのように合致しているのか聞いてみてもよさそうです。
しかし、今は住院し龍牙禅師は違うお寺に入ってます。今違う場所で修行をしいているのに、それぞれの思う仏道の極意をそれぞれの価値観で聞くことに意味など無いのでしょう。質問するのが遅かったですね。