従容録の自己流解説「51則~60則」
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以下の点を読み解いていく為の軸とします。
1,自己の本質や自己そのものが単一で存在しない
これは、自己の存在認識が二元論的に自分と他人の対比による言語化された虚構の概念であるから。
2,「悟り」や「真理」という言葉に根拠を持たない。
仏陀は悟りについて具体的に経典で言及していない。あくまでも悟ったと言う経験談を語っているに過ぎないので「悟り」が何かを定義しない。
3,人権や道徳、倫理に関わる問題はそのまま読み進める。
ジェンダー、身分、職業、暴力、身体的障害等は現代の感覚とかけ離れているが、あくまでも当時の感覚と捉え気を悪くせず受け止めていただきたい。
4,本則の漫画のみを読み解くと読み手の自由な解釈が無限に出てくるため、
宏智正覚禅師と万松行秀禅師が何を狙ってエピソードを取り上げたかにフォーカスして読み解く。
目次
- ○ 第五十一則「法眼舡陸」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第五十二則「曹山法身」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第五十三則「黄檗噇糟」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第五十四則「雲巌大悲」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第五十五則「雪峰飯頭」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第五十六則「」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第五十七則「」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第五十八則「」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第五十九則「」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
- ○ 第六十則「」
- ・衆に示して曰く:
- ・本則
- ・頌
- ・解説
第五十一則「法眼舡陸」
第五十一則 法眼舡陸(ほうげんこうりく)
衆に示して曰く:
世法の裏に多少の人を悟却(ごきゃく)し、仏法の裏に多少の人を迷却(めいきゃく)す。
忽然(こつねん)として打成一片(だじょういっぺん)ならば、還って迷悟を著(つ)け得んや也(また)無しや。
世法の裏・・・世間でどれほどの人が悟っていて、どれほどの人が迷っているのか。
打成一片・・・打って一片と成す。ここでは、世間の法と仏道の法を一つにするという意味。
現代語訳
世間法の営みの中にも仏道法に適うことがあり、多くの人が悟りを得る。仏道法の中にも仏道の正しさに執着し惑わされ多くの人が人生に迷う。
急に世間法と仏道法を一つにする一撃を打てば、そこには迷いも悟りもなく世間も仏道も出家も在家も無くなるであろうか?
さあ、どうだ?
本則
挙す。
法眼、覚上座に問う、「舡来(こうらい)か陸来か?」【大いに両般有るに似たり】。
覚、云く、「舡来」【深く実相を談じ善く法要を説く】。
眼、云く、「舡は甚麼(なん)の処にか在る?」【不実を恐怕(きょうはく)す】。
覚、云く、「舡は河裏に在り」【果然として下落有り】。
覚、退いて後、眼、却って傍僧に問いて云く、「汝道(い)え適来(せきらい)の這(こ)の僧、眼(まなこ)を具するや眼を具せざるや?」【可惜許(かしゃくこ)】。
法眼・・・法眼文益(ほうげんぶんえき)禅師(885~958年)。地蔵桂琛(じぞうけいちん)の弟子。17則、20則、27則にも出てくる。
香を尋ね気を逐う・・・いろいろな所を巡り歩き仏教を勉強して回るのは、犬が腐った魚の香りを追いまわすようだという表現からきた。
覚上座・・・おそらく光孝慧覚のこと。趙州従諗(じょうしゅうじゅうしん)(778~897年)の弟子。頭も良く弁も立ち非常に優秀であったと伝わる。上座は座に登り仏法を説ける僧侶のことで僧侶の敬称で使われる。
適来・・・セキライと読み中国のスラング。先ほどという意味。
可惜許・・・とてもおしいという意味。
現代語訳
法眼禅師が覚上座に聞いた。「お主は船で来たのか?陸を歩いて来たのか?」【河と陸の二元で見てはいけない】。
覚上座は「船で来ました」と答えた【深く自己の存在を述べ説いている】。
法眼禅師は「その船はどこにあるのだ?」と聞いた【覚上座の見解が本物かどうか疑って聞いたのであろう】。
覚上座は「船は河の中にあります」と答えた【予想通りだ】。
覚上座が去っていった後、法眼禅師は隣にいた僧侶に「先ほどの覚上座は仏法の眼を兼ね具えているか?君には分かるかね?」と聞いた【惜しい事にこの僧侶は法眼禅師の慈悲の心が分からなかった】。
頌
頌に曰く。
水、水を洗わず【絶点澄清(ぜってんちょうせい)】、金、金に愽(か)えず【錬って一塊と做す】。
毛色に昧(くろ)うして馬を得【相をもて取ることを得ず】、糸絃(しげん)靡(の)うして琴を楽しむ【声もて求むべきに非ず】。
縄を結び卦(け)を画いて這の事有り【法出でて姦生ず】、喪尽(そうじん)す真淳(しんじゅん)盤古(ばんこ)の心【巧を弄して拙と成す】。
絶点澄清・・・絶点は点塵を絶すること、つまりちょっとした塵も無く澄み渡っているという意味。
毛色に昧うして馬を得・・・准南子という故事。名馬である伯楽ともなれば毛色の良し悪しに依らず馬の良し悪しが分かるという意味。
糸絃靡うして琴を楽しむ・・・晋書の故事。琴の名手は弦がなくても琴が弾けるという意味。
縄を結び卦を画いて・・・大昔の中国では縄を結んで文字として約束を交わしていた。漢字などの文字が成立する前の時代のこと。インカ帝国では結び目の数で約束事を表していたそう。
法出でて姦生ず・・・法律を作っても、その隙間をくぐって悪事を働く人がいるという意味。
盤古・・・天地創造の神。
現代語訳
水で水を洗うことは出来ない【もともと水は塵一つなく清らかだ】。金で金を薄く延ばすことは出来ない【金と金を混ぜても金の塊になるだけだ】。水と水に境界線は引けないし、金と金に優劣をつける事もできない。
名馬は毛並みに関係なく名馬であり【見た目は関係ない】、優秀な演奏家は琴の有り無しに関係なく無音の優れた演奏家だ【声色で人を判断しても仕方がない】。
法眼禅師と覚上座の問答の素晴らしさは約束事のように鮮やかであった【たまに約束を破る】。最後に隣の僧侶に問うたが、僧侶はそのままの言葉で受け止めたようだ【良き指導をしたが実らなかった】。
解説
従容録も半分までくると、何を言わんとしているか分かりますね。順番に読んでいない人もいるでしょうから初めから解説します。
まず法眼禅師の問いかけ「船か歩きか?」は、あなたの概念化された自己はどこから来ているのか?二元的な概念か?と聞いています。
我々が自己紹介をする時に「日本人です」「男性です」「○○歳です」「几帳面な性格です」「絵が得意です」と言います。これらは全て二元的な概念によって言語化されています。日本人というのは日本人と日本人以外を二元的に考え「にほんじん」という発音で概念を固定化します。なので私は物質です、とは言わないわけです。なぜなら、物質と物質以外のものを概念として持ち出すことはなく必要性もないからです。同じく男性女性、几帳面大雑把と対比させた概念で自己を認識します。
法眼禅師の問いかけは、「今、あなたが認識している自己はどんな概念化された自己であろうか」となります。
すると覚上座は「船で来ました」と答えます。これは「認識される自己は二元的に概念化されています」ということです。
ここまでの問答では、普通の会話に見えてしまいます。そこで、法眼禅師はこの問答が本当に存在の概念と自己の概念化についての問答なのか確認する為にさらに質問します。「船はどこにある?」と。この問いは「二元的に認識された自己の属性はどこにあるのか?」ということです。
これに対して、「あちらの河に浮かんでいます」と答えたら、覚上座は只の世間話をしているに過ぎません。
しかし、覚上座は問いに対してすかさず「河の中にあります」と言います。
船は河の中、つまり沈んでいて船は船では無くなっているというのです。船で来たという自己認識は概念であり実体は無いということです。
最期に覚上座が去った後、隣の僧侶に覚上座の力量を聞いたが、僧侶は「????(ただの世間話じゃん)」となっていたわけですね。残念。
我々は普段、自己は確かに存在し外界とは隔絶された存在として確立していると考えます。その考えが増長し「絶対の自己」「守るべき所有物」「自尊心」などを生み争い、怒り、憎しみ、悲しみ、悩み、生きづらさとなるのでしょう。
それらを打ち砕けば自己と他己は関係性の中で限定的構築され自他一等となっていきます。
こんなことを考えながら生活すると日常生活に支障がでますので使いようでしょうが。
第五十二則「曹山法身」
第五十二則 曹山法身(そうざんほっしん)
衆に示して曰く:
諸の有智の者は譬喩を以て解することを得。
若し、比することを得ず、類(るい)して斉(ひと)しうし難き処に到らば、如何(いかん)が他に説向(せっこう)せん。
現代語訳
智慧ある人達は比喩表現を用いて分かりやすく説明すれば理解する。
もし、同じような例えが無く、類似する概念が無い時はどのように説明すれば良いのか?
本則
挙す。
曹山、徳尚座に問う、「仏の真法身は猶(なお)虚空の若(ごと)し【官には針をも容れず】。物に応じて形を現ずることは水中の月の如し【私には車馬を通ず】。作麼生(そもさん)か箇の応ずる底の道理を解(と)かん?」【叉手近前して云く喏(だく)】。
徳、云く、「驢の井を観るが如し」【落花意有って流水に随う】。
山、云く、「道うことは即ち太煞(はなはだ)道(い)う、只だ八成を道い得たり」【千里の目を窮めんと欲せば】。
徳、云く、「和尚又如何?」【更に一層楼に上れ】。
山、云く、「井の驢を観るが如し」【流水無心にして落花を送る】。
曹山・・・曹山本寂(そうざんほんじゃく)禅師(840~901年)。洞山良价禅師の弟子。洞山五位説の大成者。
徳尚座・・・尚は上と同じ意味なので徳上座。おそらく彊徳上座のこと。曹山禅師の弟子。
官には針をも容れず・・・官庁での仕事は針一本の間違いも許さない程厳しいという意味。
私には車馬を通ず・・・私道に馬車を自由に通すほど緩く自由であるという意味。上記の句と対になっている。
八成・・・80%という意味。十分ではないという意味と80%の力で十分やり遂げるという称賛の意味がある。ここでは十分に言い得ているとは言えないという意味か。
現代語訳
曹山禅師が徳上座に問いかけた。「金光明経に『仏の真の姿は虚空のように実体がない。縁に随い感に赴いて形を現ずる。それは水面に映る月のようである』とあります。この道理をどのように説こうか?」。
徳上座が答えた。「驢馬が井戸を覗き込み水に映る自分を見るようなものです。」
曹山禅師は「うむ、八割言い得ているようだが、まだ不十分だ。」と言った。
徳上座は「では、曹山禅師はどのように言いますか?」と聞いた。
曹山禅師は「井戸が驢馬を水に映し驢馬を見るようなものだ。」
頌
頌に曰く。
驢、井を観【五更早を侵して起きる】。井、驢を観【更に夜行の人有り】。
智容れて外無く【天下の衲僧跳不出】、浄(じょう)涵(ひた)して余り有り【万象能く影質を逃れること莫れ】。
肘後(ちゅうご)誰か能く印を分かたん【天眼龍睛も窺うべからず】。
家中書を蓄えず【真文は醋(さく)ならず】、機糸掛けず梭頭の事【花又損せず】、文彩縦横意自ずから殊なり【蜜又成ることを得ず】。
肘後(ちゅうご)誰か能く印を分かたん・・・中国の「史記」の話。趙鞅(趙簡子)が当時人相見として高名であった姑布子卿を招いて子供たちを見せた時、姑布子卿は無恤のみが大成すると予言した。しかし、無恤の母は翟族出身で、身分も下卑だった。その上に無恤は末子であったので、この時の趙鞅はこのことを聞き流した。
後日、趙鞅は子供たちを集めて「私の宝の符を常山の頂に隠してある。見つけたものに褒美をやろう」と言ったが、子供たちは誰一人として見つけることができなかった。
しかし無恤だけが帰ってきて「宝をみつけました」と言った。趙鞅が「見せてみよ」というと無恤は「常山の頂に立つと代を見下ろすことができますが、代は取ることができます」と答えた。そこで趙鞅はついに長子の伯魯を廃して、末子の無恤を立てた。しかし、長兄の伯魯はこれを恨まず、かえって末弟の無恤を温かく見守り、支えた。無恤も幼い時から自分を可愛がってくれた兄をますます敬ったという。
肘の後ろにある割符こそ受け継がれる印だという意味か。
現代語訳
驢馬が井戸を見る。驢馬は映った自身の姿を自己だとは判断できない。しかし、能見(見る主体)所見(見る対象物)がある。
井戸が驢馬を見る。井戸は映った姿を驢馬だと判断できない。能見所見も無い【早起きしたと思ったが、夜中から起きている人がいた。上には上がいる】。
現成する存在は認識する範囲において普く存在している【天下の卓越した僧侶もこの範囲から出る事はできない】。
この道理は仏祖の心印を体得したということでもない【能見所見がないから】。
この道理は経や論書を読み知識で得られるものではない【文字は淡泊無味である】。
機織りで織りなす刺繍は分別を用いず無為無作の道理を表す【蜂が花の香りを損なわず蜜をとるように】。
刺繍は美しいが天然自然の麗しさには遠く及ばない。自己が美しさを現成させるのではなく、糸が「思う自己」と「刺繍」を現成させる【蜜を作ることは無作にして成る】。
解説
今回は我々の認識作用をどのように捉えるかという問題です。
誰かに「馬鹿」「間抜け」「役立たず」と言われると誰でも腹が立つでしょう。しかし、現象としては空気の振動です。
只の空気の振動に意味づけを行い怒ったり悩んだり悲しんだり切なくなったりする。
見るものでも同じです。花を見て刺繍を見て綺麗だと思う。一方ゴキブリを見て気持ち悪いと思う。
仏教では縁起の観点から全てのものは空であり、実体が無いと説きます。
花も予め「花」という存在があるわけではなく、「綺麗な色どりのある植物の部位」=「花」という概念を持ち、自己が植物をそのように捉えると生物学上花でなくても、それは「花」として現成する。自己が何かを概念化し「ハナ」という言語で概念を固定した結果起こる限定的な存在です。
この道理をどのように説明するかと曹山禅師が聞きます。すると「驢馬が井戸を見る」と答えます。
驢馬というのは思料分別が無い生物の例えです。なので、井戸の水に映る自分の姿を見てもそれが自分であると認識することが出来ません。つまり、目で見た存在を概念化する術を持たないのです。しかし、、概念化しなくても見るという機能を持っている以上能見(見る主体)所見(見られる客観的物質)の作用はあるわけです。
徳上座はこのように見る機能を持っていても概念化する術を捨てれば、全ての事物が虚空であると分かると言います。
そして曹山禅師は「それでは不十分だ」と突っ込みを入れます。
徳上座が「では禅師であればどのように言いますか?」と聞くと。
曹山禅師は「井戸が驢馬を見る」と言います。
井戸は見る機能がないので能見所見も無く能見所見も無ければ認識や分別もあり得ないと言います。そして能見所見も虚空であり見る主体も虚空、見られる対象物も虚空であると言います。
しかし、井戸や驢馬という概念、実体を用いている以上、概念化されない世界、概念化されない仏を言い得ることは出来ないと言えます。言葉を用いて説明している以上、どこまで行っても言い得ないのでしょう。
第五十三則「黄檗噇糟」
第五十三則 黄檗噇糟(おうばくどうそう)
衆に示して曰く:
機に臨んで仏を見ず、大悟師を存せず。
乾坤を定むる剣、人情没(な)し。
虎兕(こじ)を擒(とら)うる機、聖解(しょうげ)を忘ず。
且らく道え是甚麼人(なんびと)の作略ぞ。
機に臨んで仏を見ず・・・南院慧顒禅師の言葉。得るものが無く、何の為でもない行い修行のことを指す。
大悟師を存せず・・・青林師虔禅師の言葉。悟りも無く、結果なんにもならない行い修行のことを指す。
現代語訳
仏道において何かしらの行動をする時に何かを得ようとか難しく思考を巡らせる必要は無い。
仏道において悟りの内では師匠と呼べる者は現れない。
師匠が弟子を指導するときは人情など無くて良い。
立派な修行僧に相対したときに悟りとか仏教知識とかは忘れて良い。
さて、このような師匠と弟子の関係を築き上げた人はどんな人であろうか?
本則
挙す。
黄檗、衆に示して云く、「汝等諸人尽く是れ噇酒糟(とうしゅそう)の漢【黄檗門下】、与麼(よも)に行脚せば何の処にか今日あらんや【今既に昔に如(し)かず、後当に今に如かざるべし】。還って大唐国裏に禅師無きことを知るや」【眼、四海に高し】。
時に僧あり出でて云く、「只諸方の徒(ともがら)を匡(ただ)し衆を領ずるが如きは又作麼生(そもさん)?」【黄檗身を兼ねて在り】。
檗云く、「禅無しとは道わず、只是師無し」【且く一半を救い得たり】。
黄檗・・・黄檗希運(おうばくきうん)禅師(???~850年前後)。百丈懐海禅師の弟子。弟子に臨済義玄がいる。
噇酒糟の漢・・・酒糟は酒粕のこと。噇は喫すという意味。漢は野郎。カス食らい野郎、つまりクソヤロウや酔っ払い野郎。
与麼・・・そんな風に。
現代語訳
ある時、黄檗禅師が弟子たちを集めて言った。「君たちは全員クソヤロウで酔っ払い野郎だ。本を読み文字に固執して仏教を理解したつもりでいる。いろいろな修行道場を巡っては経験を積んだつもりになっている。」
さらに弟子たちを見渡し、「まったく!!。この中国全土に禅師と呼べる者などいないことが分らんか!!!」と言った。
するとある修行僧が前に出てきて言った。「師匠はそのようにおっしゃるが、現に多くの寺に多くの修行僧がいて毎日その修行僧を指導する人たちがいます。この人たちは禅師ではないのですか?」
黄檗禅師は「私は禅が無いなどとは言っていない!!!ただその禅に師匠というものが無いと言っているのだ!」。
頌
頌に曰く。
岐(みち)分かれ糸染んで太(はなは)だ労労【事を知こと少なき時煩悩少なし】。
葉聯(つらな)り花聨(つらな)って祖曹(そそう)を敗す【人を識ること多き処是非多し】。
妙に司南造化の柄を握って【一朝の権手に在り】、水雲の器具に甄陶(けんとう)在り【令行の時看取せよ】。
繁砕(はんさい)を屛割(へいかつ)し【大象、兎径に遊ばず】、氄毛(じょうもう)を剪除(せんじょ)す【大悟、小節に拘らず】。
星衡藻鑑(せいこうそうかん)【繊豪も昧まさず】、玉尺金刀【度量深明】。
黄檗老、秋毫(しゅうごう)を察す【他を謾ずること一星も得ず】。
春風を坐断して高きことを放さず【預め不虞に備う】。
司南造化の柄・・・万物を創造生育する権威を表すことば。
水雲・・・雲水。修行僧。
甄陶・・・甄は陶器を作る時に用いる道具。万物を創造することは陶芸家が泥から器を作るような優れた腕前の為せる技という意味。
氄毛を剪除す・・・氄毛はムクゲという鳥の柔らかい毛があるところ。繊細なところを切り取るという意味。
星衡藻鑑・・・星は秤の目、衡は秤、藻鑑は優れた鑑識。物事の分別が正確なこと。
玉尺金刀・・・玉尺は立派な物差し、金刀は立派な包丁。物事の分別が正確なこと。
不虞・・・不意。
現代語訳
ガウタマシッダールタが亡くなってから部派仏教が興り、多くの解釈が生れた。そして中国に仏教が伝わり多くの宗派が生れた。
多くの解釈、宗派を学び知識を得ても煩悩が増すだけである。ご苦労なこった。
五家七宗の宗派がそれぞれで達磨や六祖慧能の仏道を引き継いだと言っているが、言っている内はその仏道を失っている。
黄檗禅師は自由に伸びる植物を育てるように修行僧を指導した。
その手段は陶芸家が泥から自由自在に器を作り出すような卓越したものだ。
大いなる修行者はどの小道を行こうかなどと迷わない。細かい解釈に違いに固執することもなく歩く。
それはまるで狂いの無い秤のように、立派な物差しのように分別を弁えている。
黄檗禅師の一刺しは弟子たちに下らない分別知識に固執していることを伝えた。
黄檗禅師はどんな知識人と対峙しても巍巍として修行するだろう。
解説
一部の学者は知識こそ多く、物知りであるが、往々にして見識が狭いように感じます。
何故かと言うと、仏道に対する自身のテーマが知識を得る事や知識によって出世することや、自分の仮説の正しさを押しつけることをだからです。
特に、自分の仏典の読み方通りに読まない人をとても批判する人はとても見識が狭いように感じます。
ガウタマシッダールタも達磨大師も文字を残さなかったと言われます。今残っている経典は仏陀の死後に弟子たちが集まり、「生前こんなことを言っていた」「こんな教えをこのような人に残した」「私は仏陀のこの言葉で心を動かされた」などと話し合いメモをしたものです。多くの経典の始まりが「如是我聞(我、このように聞いた)」であるのはあくまでも聞いた話のまとめであるからです。
であれば、経典の全ては仏陀の純粋な思想や教えではなく、聞き手の感想や我見が混じっています。
さらに、そこから部派仏教といい、死後500年の時代に経典から様々な解釈がされ、解釈の仕方で派閥が出来ていきます。
もうここまでくると聞き手の我見や感想が混じっているどころじゃない経典が多数出来上がります。おそらく生まれて七歩歩くなどもこの際に創作されたのでしょうか?
詳しくは私も学者ではないので分かりません。ここで言えるのは仏教は「かもしれない」の領域を出ないということです。
黄檗禅師はこのふわふわした仏教をそのままふわふわと学び実践しろと言います。
そして、自身の仏道のテーマに随って自分自身の仏道を歩めば良いと言います。その時に、自分と全く同じ生い立ち、同じ経験、同じ感想を抱きながら生きる人が居ない以上、完全に一致するテーマを以て仏道を実践する師匠はいない。
あくまでも、師から学び実践しそれを自身の仏道のテーマに随い組み立てていかなければいけません。同じく師匠も弟子に自分と同じように修行をして同じテーマを持って、同じ仏教の解釈を求めてもいけません。
私の師匠は教誨師という役目を長年され、東京拘置所に赴き活躍されています。その姿を見ながら毎回私の仏道のテーマとは全く一致しないことを実感します。
しかし、師匠が師匠たる由縁は常に私に公案(問いかけ)を与えてくれる事です。「お前の仏道はそれでいいのか」「お前の生き方は迷いの中にいないか」「日々、行動と言葉と思いを点検しているか」「欲望に振り回されていないか」と。その中で導き出した答えに師匠はケチをつけません(多分)。さらに同じ問いかけを与えてくれるだけです。
そこに、難しい知識もいらないし、師匠から知識を得る事もありません。むしろ知識を求め、文字から「これが仏教だ」と思うのは余計な分別であり、文字に固執し修行僧からは大きく離れた存在になってしまいます。あくまでも仮説の域を出ず、文字概念で書かれている以上、自身のテーマも仏道も言い当てられない虚妄であると心得ながら経典に親しむのがいいでしょう。
第五十四則「雲巌大悲」
第五十四則 雲巌大悲(うんがんだいひ)
衆に示して曰く:
八面櫺櫳(れいろう)、十方通暢。
一切処放光動地、一切時妙用神通。
且く道え如何が発現せん。
櫺櫳・・・玲瓏と同じ。はっきり見える様。
通暢・・・通逹と同じ。障害物無くはっきり見える様。
放光動地・・・法華経に出てくる言葉。如来の眉間の白毫からビームが出て世界を照らし大地が震動し衆生が覚醒するとういう話。観点を変えて見た事物の在り方の素晴らしさを表現した言葉。
現代語訳
どこから見ても透き通っている玉のように、十方に通じて障害が無い境涯のように。
全ての事物が仏の活用の中にあるように、全ての時間において菩薩の働きが用いられるように。
このような活作用はどのように現れるのだろうか?
本則
挙す。
雲巌、道吾に問う、「大悲菩薩、許多(そこばく)の手眼を用いて作麼(なに)かせん?」【汝恁麼に問う、箇の甚麼をか図するや】。
吾、云く、「人の夜間に背手して枕子(ちんす)を摸(さ)ぐるが如し」【一上の神通小小に同じからず】。
巌、云く、「我会せり」【且く詐明頭なること莫れ】。
吾、云く、「汝作麼生(そもさん)か会す?」【果然として放不過】。
巌、云く、「徧身是手眼」【空欠の処無し】。
吾、云く、「道うことは大煞(はなはだ)道う。即ち八成を得たり」【某甲舌頭短し】。
巌、云く、「師兄(すひん)作麼生(そもさん)?」【理長ずれば即ち就く】。
吾、云く、「通身是手眼」【隔礙の処無し】。
雲巌・・・雲巌曇晟(うんがんどんじょう)禅師(780~841年)。薬山惟儼禅師の弟子。弟子に洞山良价がいる。21則にも出てくる。
道吾・・・道吾円智禅師(769~835年)。雲巌曇晟禅師の実の兄にあたる。最初は役所に勤めていたため、仏道の上では雲巌曇晟禅師の弟弟子にあたる。薬山惟儼禅師から法を得た。同じく21則にも出てくる。
大悲菩薩・・・千手千眼大慈大悲観世音菩薩。
詐明頭・・・知ったかぶり。
八成・・・十分ではない。八割くらい。ここでは、10割分かりようが無いことから8割で十分であろうか。
現代語訳
雲巌がある時、兄であり弟弟子である道吾に問うた。「大いなる慈悲を持つ観世音菩薩は千の手と千の眼を持っていると言われる。そんなに多い手や眼をどのように使うのだろうか?」【雲巌よ。その問いかけをもって何を得ようというのか】。
道吾が答えた。「人が夜の暗闇の中で、背中の後ろに手をまわして、手探りで枕を探すようなものだ」【この働き掛けは小さくない】。
雲巌が「なるほど!分かった!!」と言った【知ったかぶりすんなよ】。
道吾が「どのように分かったのだ?」と聞いた【見逃しはしない、雲巌のことを捕まえようとしている】。
雲巌は「体中に手と目がついているという事だ」と答えた【手と眼がついていない処は無い】。
道吾は「うまく言ったが、まだ八割くらいだ」と言った【八割で十分だ】。
雲巌は「それならば道吾はどのように言う?」と聞いた【道理が優れていれば同意するつもりだ】。
道吾は「体中が手と眼だ」と答えた。【両者異なったところはない】。
頌
頌に曰く。
一竅虚通(いっきょうきょつう)【竪に三際を究め】、八面櫺櫳(れいろう)【横に十方に遍し】。
象(しょう)無く、私無く、春、律に入る【時に応じて祐を衲る】。
留せず礙(げ)せず、月、空を行く【任運に前渓に落つ】。
清浄の宝目、功徳臂【前に顧み後を盻み東を拈じ西に掇す】。
遍身は通身の是なるに何似(いず)れぞ【分疎不下】。
現前の手眼全機を顕わす【賊賍已に露わる】。
大用縦横何ぞ忌諱(きき)せん【可不可無し】。
一竅虚通・・・竅は穴の事。自由に通れる穴。
月、空を行く・・・月喩経に出てくる語句。清浄にして無礙であること。
賊賍・・・盗賊が盗んだ品物。
現代語訳
全ての時間で隙間なく仏の作用が働いている。全ての空間で隙間なく事物が活用されている。
そこに物事の存在も、自己も無く、春を見た時に見る自己による春も無く、春が運ばれてきて春が活用される。
月は毎夜姿を変え、水面に必ず映る。
このように見れば観世音菩薩に余すことなく眼が備わり、手が具わるだろう。
雲巌の「体中に手と眼がついている」という言葉と道吾の「体中が手と眼だ」という言葉。どちらが正しくどちらが正しくないのか。
その手と眼は全ての働きによって現成し、隙間が無い。
その活作用は縦横自在に今この瞬間に現成する。
解説
今回は慈悲の話です。
慈悲と聞くと「相手に私が何かをしてあげる」という意味で使われます。行動であれ言葉であれ、思いであれ相手がいて自分が居て「してあげる」のが果たして慈悲なのか。慈悲をあらわす教えに我も他も無いところに施しが生れるとあります。この意味合いはなんでしょうか。
臨済録にこんな話があります。
麻谷という僧が臨済禅師に質問しました。「千手千眼の観世音菩薩は、どれが真の眼でしょうか。」
すると臨済禅師が逆に麻谷に同じことを問い返しました。「千手千眼の観世音菩薩は、どれが真の眼でしょうか。」
麻谷は臨済禅師を掴み説法の座から引きずり下ろして、自分が臨済禅師の坐っていた場所に坐りました。
臨済禅師は、下から「ごきげんよう」と挨拶しました。
麻谷が何か言おうとすると、今度は臨済禅師が麻谷を座から引きずり下ろして自分が再び説法の座に坐りました。
麻谷はさっさと出て行きました。臨済禅師も座を降りて出て行かれました。
という問答です。
教える立場と教わる立場という区分がある以上、そこに慈悲は生まれません。慈悲の菩薩であり、慈悲の眼と慈悲の手を使う観世音菩薩は眼と手を使う時、「私が使う」のではく、「相手の姿で現成し手と眼を使う」のです。
私という存在が居て、相手が居て何かをしてあげるのではなく、自己も他己も元から無いし見えない前提で相手の手を作用、活用していく。そこに我見も我執も無く、行為の結果を求める事も無い。
よく、してあげたから感謝されたいとか、してあげたのに結果悪態をつかれたと言って気分を悪くすることがある。しかし、観世音菩薩から見ればそんなことはどうでもいいのでしょう。
昔、永平寺西堂老師が慈悲心は「お役に立てれば幸いですくらいの距離間で」と言っていました。
第五十五則「雪峰飯頭」
第五十五則 雪峰飯頭(せっぽうはんじゅう)
衆に示して曰く:
氷は水よりも寒く、青は藍より出づ。
見は師に過ぎて方(はじ)めて伝授するに堪えたり。
子を養うて父に及ばずんば家門一世に衰う。
且く道え、父の機を奪う者、是れ甚麼人(なんびと)ぞ。
父の機・・・父は師。師を超える。
現代語訳
氷は自ら出来ているが水よりも冷たい。
青は藍色から作られるが藍色よりも鮮やかだ。
弟子が師匠を超えていかなければ、その一派は衰えていく。
では、師匠を超えた弟子というのはどんな人か?
本則
挙す。
雪峰、徳山に在って飯頭(はんじゅう)と作(な)る【少(わか)くして努力せず】。
一日、飯遅し。
徳山、鉢を托げて法堂(はっとう)に至る【老いて心を欠(や)めず】。
峰、云く、「這の老漢、鐘未だ鳴らず、鼓未だ響かざるに、鉢を托げて甚麼(なん)の処に向かって去るや?」【孩児をして娘を罵ることを会することを得せしむ】。
山、便ち方丈に帰る【尽く不言の中に在り】。
峰、巌頭(がんとう)に挙似す【家返(そむ)き宅乱れる】。
頭、云く、「大小の徳山末後の句を会せず」【父、子の為に隠す、直きこと其の中に在り】。
山、聞きて侍者をして巌頭を喚ばしめて問う、「汝、老僧を肯(うけが)わざるや?」【油を潑(そそ)いで火を救う】。
巌、遂に其の意を啓す【人間の私語、天聞くこと雷の若し】。
山、乃ち休し去る【果然として不会】。
明日に至って陞堂(しんどう)、果たして尋常(よのつね)と同じからず【風に随って柁(かじ)を倒(さかさま)にす】。
巌、掌(たなごころ)を撫して笑って云く、「且喜(しゃき)すらくは老漢、末後の句を会す【家醜外に揚ぐ】。他後天下の人、伊を奈何(いかん)ともせず」【鼻孔甚として我が手裏に在るや】。
雪峰・・・雪峰義存(せっぽうぎそん)禅師(822~908年)。徳山宣鑑禅師の弟子。24則に出てくる。
徳山…徳山宣鑑(782~865年)。「臨済の喝、徳山の棒」と並び称された禅僧。荒々しい禅風の僧として知られる。14則に出てくる。
飯頭・・・台所を司る役職。典座の下に属す。
鉢・・・応量器。僧侶が持つ食事をする為の器。各々が自分の応量器を持ち僧堂か食堂へ行き食事を行う。
法堂・・・説法堂のこと。大衆が法を聞く為にあつまる堂。大講堂。現在は本堂がその役割を表すが、法を聞く僧侶はほぼ見られずハリボテと化している。
鐘未だ鳴らず、鼓未だ響かざる・・・食事の準備が整うと雲版という鳴らしものがなる。また行茶のように軽食の際は太鼓が鳴る。
巌頭・・・巌頭全豁(がんとうぜんかつ)禅師(828~887年)。徳山宣鑑(とくざんせんかん)禅師の弟子。22則などに出てくる。
大小・・・流石。
陞堂・・・上堂と同じ。高座に登り法を説くこと。
他後・・・他の日時。後日。
現代語訳
雪峰が徳山禅師のもとで食事係をしていた時のこと【まだまだ若く苦労を知らない】。
ある日、修行僧の食事の準備が遅れていた。
すると、徳山禅師が応量器を持って法堂の前を通った。
それを見た雪峰は「おい!この老僧、食事の合図がまだ鳴ってないのにどこに行くのだ!」と言った【子供の雪峰が母親の徳山を罵るのは育て方が悪いのか、それとも徳山はそれを喜んでいるのか】。
それを聞いた徳山禅師は黙って部屋へ帰っていった【一言も発しないところに徳山の無量の言葉がある】。
雪峰は兄弟子である巌頭にこのことを話した【告げ口は家を乱すぞ】。
巌頭は「流石の徳山禅師だ。仏法の真理を知らないと見える」【巌頭は雪峰の為に徳山禅師の真意を隠したのだろう】。
この巌頭の言葉は徳山禅師の耳にも入った。
徳山禅師は侍者を遣わして巌頭を呼びつけた。
そして「おい、師匠である私のことを『仏法を知らない輩』と言ったそうだな?」と言った【火に油を注ぐように事態は紛糾するぞ】。
そこで、巌頭は徳山禅師に真意を打ち明けた【人間の私語など雷の音のように意味など無い】。
それを聞いた徳山禅師は黙ってどこかに行ってしまった【徳山禅師の仏法は結局分からない】。
次の日、法堂にて徳山禅師の講義があった。しかし、徳山禅師の様子がいつもと違った。
これを見た巌頭は手をさすりながら笑い「ああ、良かった。徳山禅師もやっと仏法の真理が分かったようだ。これからは世界中の人々は徳山禅師の真理を捻じ曲げる事は出来ないだろう」と言った【徳山の真理はしっかりと手の中にあるぞ】。
頌
頌に曰く。
末後の句会すや也(また)無しや【這裏会することを得ず、会せずんば腰を打折せん】。
徳山父子太(はなは)だ含胡(がんこ)す【外明らかにして裏の暗きことを知らず】。
座中亦江南の客あり【謂うこと勿れ秦に人無しと】。
人前に向かって鷓鴣(しゃこ)を唱うること莫れ【休得せんや】。
末後の句・・・仏道の究極。
含胡・・・口ごもる。明瞭な言葉ではない。また、二人で言葉を交わさなくても意思が通じるという意味。
鷓鴣・・・中国に住む鳥の名前。ここでは曲名。故郷を思い出させる曲といわれる。
賊賍・・・盗賊が盗んだ品物。
現代語訳
仏法の真理が分かるか?いやそんなものは無いだろうか?
徳山禅師と巌頭はただただ仏法の真理を言葉に出さずにいる【例え真理を口に出しても真理を見るこは出来ない】。
徳山禅師と巌頭の間に雪峰が割り込んできたが、余計な真理を知りたいなどの悩みを持ち出すなよ。
解説
末後の一句は「真理の言葉」とでも言っておきましょう
よく、真理とは?という話になると、「仏教は○○だ」とか「仏法の真理は○○だ」「天地いっぱいの命」「まるだしの仏性」とか意味わかんない表現で真理があるかのように話す人がいます。また、簡単に仏教を説明してください。悟りってなんですか?と聞いてくる人もいます。
答えは「分からない」です。これは仏陀が「無記(言語化できない)」と言ったからではありません。そもそも自分は仏陀でもなく、あなたも私ではない以上、何をテーマに仏道を行うのかという根本的なスタートが違い、誰にでも再現性のある修行があるのかということを証明できないからです。
仏陀自身も対機説法を行い、その人のテーマに沿って、その人の苦しみに沿って、その人の機根に沿って一緒に考え解決に向けたアドバイスをします。もし、全ての人が仏陀と同じテーマ同じ苦しみを持ち、ガウタマシッダールタの修行が再現性を持っていれば八万四千と言われるお経も意味を為さず、聖書のように一つの仏典があれば十分だったでしょう。
であれば、例え師匠と弟子であっても、完全に同じ生い立ち同じ苦しみ同じテーマを持っているとは言えず、あくまでも仏祖と師匠と仏を参考に、叢林の中で自らの仏道を組み立てていくしかありません。しかし、そこに「私が」という思いが組み込まれる隙間が在る前提で「私」を解体する実践を学ぶ必要があります。
自分勝手に修行を行ってはいけません。
この話で問題となっている末後の句は、そのテーマに沿った真理でしょう。
真理はあると言えばそれも間違いで、無いと言えばそれも間違いでしょう。
少し言い得る為に試みると「真理は在る。しかし1つではない。時と場合に応じて多数在る」とでも言っておきます。
真理という言葉を使う師家は往々にして宇宙の真理や真理の法則などと宣うことが多いように感じますが、科学をもってしても真理などはありえません。私もかつては生命科学(植物生理学)を専攻していましたが、科学ほど仮説に仮説を組み立てたあやふやなものはありません。
そのように仮説し、定説ととらえれば辻褄が合うくらいの温度感で科学は進んでいきます。
徳山禅師の上堂の内容も巌頭の真意もここでは記述がありません。それは徳山禅師の真理や巌頭の真理が重要ではないからでしょう。重要なのは、弟子が師匠を超えるということは、師匠のもとで学び仏道を歩み「私」という思いを解体し、その上で「私」と「対象物」をとの関係性を新たに再構築していくことでしょう。その再構築の土台は師匠から受け継ぎますが、土台の上に現成するものは師匠とは違うものになるでしょう。徳山禅師は巌頭を呼び出しその土台が分かったからこそ、無語の態度と常ならざる上堂を示したのでしょう。
第五十六則「」
第五十六則
衆に示して曰く:
本則
挙す。
頌
頌に曰く。
解説
第五十七則「」
第五十七則
衆に示して曰く:
本則
挙す。
頌
頌に曰く。
解説
第五十八則「」
第五十八則
衆に示して曰く:
本則
挙す。
頌
頌に曰く。
解説
第五十九則「」
第五十九則
衆に示して曰く:
本則
挙す。
頌
頌に曰く。
解説
第六十則「」
第六十則
衆に示して曰く:
本則
挙す。
頌
頌に曰く。